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人生に寄り添うることができる、美容師という仕事 苦木健太(27) 美容師

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 私の幼少期時代の憧れ的存在

 小学校は別だが、彼との出会いは小学校1年生の時だった。家の近所に住む私の先輩と彼は親戚で、空き地でボールを蹴っている所に私が参加。それが初対面だったと記憶している。

 私の地元のサッカーをやっていた人で、彼を知らない人はいないだろう。とにかく足が速く、点を量産している姿が今も鮮明に覚えている。小学生の時から県選抜に選ばれ、中学、高校もユースで活躍していると噂には聞いていた。誰しもがプロになる。そう確信していた。

 互いに顔見知りで、共通の友人の結婚式に出席し軽い挨拶程度。過去の話や、仕事などの会話をしたことは今までなかった。現在は美容師として働く現在と、サッカー人生の過去を聞いた。

 

各年代で実績を積み上げる

 サッカーの出会いは小学校1年生。同級生の友人が地元のサッカー少年団に通い始め、彼もそれを機に入団した。ポジションはFW。ひとたび、ボールが前に出れば、彼が決める。毎日ボールを追う負けず嫌いの少年は、メキメキと上達し小学生の時に県選抜に選ばれ、少年団とはべつに、県の選手としてもプレーした。


 地元の中学校へ入学。部活は入らず、大宮アルディージャの下部組織のジュニアユース(13歳~15歳対象。)に通った。「県選抜に選ばれるようになり、スカウトの目に留まりオファーが来た。」サッカーで忙しい生活の中、勉強もしっかりとやり遂げた。

 中学時代には一度、ナショナル選抜の練習合宿に呼ばれた。(U-14、U-15などの日本代表に選ばれるための練習会)Jリーグの下部組織などで活躍する猛者たちが招集される。

 「今考えるとメンバーはかなり豪華だった。名簿を見ると、現役Jリーガーばかり。その中でやってたと思うと、自分でもすごいじゃん。と今になって思う。」彼が参加した練習合宿には、日本代表の原口元気選手や、ロンドン五輪で活躍した大津祐樹選手など、トップで活躍している人達としのぎを削った。

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大宮アルディージャ、ジュニアユース時代。背番号15が彼。

 

トップチームの高い壁

 中学生のジュニアユースで評価され、高校進学と同時に、大宮アルディージャのユースチーム(16歳~18歳対象。)に昇格。「高校は練習場から近いところを理由に進学。ユースの試合は出たり出なかったりで、最初はFWだったけど、徐々にポジションは下がり、右のウイングから、最後は右のサイドDFをプレーした。」

 中学、高校の計6年間をJリーグの下部組織でプレー。最終地点はトップチームへの昇格。いわゆるプロ選手になる事だが、契約の話には到らなかった。「最後、チームの上層部とトップチームに上がるかどうかの面談があった。昇格する選手は徐々に呼ばれたりしているから、自分はプロ契約が無いのは薄々は気づいていた。」

 彼と同期で高校年代でトップチームに上がる選手はおらず、高校卒業後も大学でサッカーを続け、プロデビューし今も活躍している友人がいるそうだ。

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ユース時代には新聞に掲載されたこともある。



ふと思い立った美容師の世界

 トップチームに昇格できず、一時は選手以外でサッカーに携わる道も考えていた。しかし、プロになれない現実を突きつけられ、徐々にサッカーが嫌いになっていた。高校卒業後は、大学でサッカーを続けようと受験するが落ちてしまう。「高校からの推薦で試験は小論文。どこか、試験に本気になれず全く書けなかった。」

 大学の不合格を目にした帰り道、進路を迷う中、母親の言葉がよぎった。「プロになれないとわかった頃、”サッカーを続けないのなら、手に職を付けたら?”と母親から言われていた。」その言葉を思い出し、ふと美容師になろうと決めた。「お客さんからもなんで美容師になったの?と聞かれるけど、自分でも明確にはわからないんだよね。」

  当時のユースで共に戦った友人達のほとんどがサッカー関係で働いている。プロになれずとも、指導者となった友人、自分でクラブチームを立ち上げた人もいるそうだ。「ユースや、代表選抜に選ばれた中で、美容師やってるのは俺ぐらいだろうね。(笑)」と冗談を交えた。

 

 学校と現場の違い

 それまでのサッカー人生を断ち、美容師の世界へと歩み出した。都内の専門学校に入学。そこまでやる気は無かったそうだ。「美容師の学校に行ったけど、若干のノリもあった。授業を抜け出して、友達とビリヤードしたり遊びもしてた。卒業はギリギリだった。」国家資格を無事取得しギリギリで卒業。

 現在は美容師7年目。「離職率が高いと言われる業界。大きな夢を持って就職すると辞めてしまうこともある。実際はそんなキラキラした世界じゃない。ずっとシャンプーしたり、重労働。理想となんか違う。そう思って辞める人もいる。」

 専門学校で多くの時間を過ごした友人4人はまだ美容師を続けている。「怒られ慣れていたり、打たれ強い人たちが続けているかな。」

 

個人のスキルがお店に生かされる

 卒業後は、高校時代から利用していた美容院に就職。社会人となり、給料も貰い、自分の腕が試される。日々の仕事の中で責任感が芽生え、それと共に技術を磨いた。「入社前にカットに関する最低限の知識は持っていたが、学校で習うのとは違う。特にお店の営業の部分は習わない。就職すればまた一からのスタート。」

 その美容室でスタイリストになり、4年間働いた。「そこでお世話になってた先輩が独立をした。その先輩について行こうとしたが、すぐにそこに行くのではなく、タイミングや自分の力試しのために、別の美容室で3か月働き、その先輩の所で3年働いている。」

 美容院のオーナーが一緒にお店を大きくしていこう。と誘いも舞い込んだ。「美容師は独立しないとずっと雇われのまま。それでは、将来の道は開けない。独立しようと思っていたけど、誘われたのもなにかの縁。今は店舗拡大のために動いている。」

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彼が勤める美容室の外観。店舗名”LOHAS”


 

髪を切る中で生まれる、不思議な関係性

 美容師は楽しい?と尋ねると、すぐに答えは返ってきた。「楽しいよ。今となっては美容師になって良かったと思う。元々自分の性格と美容師の仕事がマッチしたから良かった。」人が好きなところが自身と仕事の相性の良さだという。

 「人との出会いもそうだが、話すのが好き。 美容師は月1でお客さんと会う。友達よりも会う回数は多いかも知れない。お客さんひとりひとりの人生が進んでいく様子を見られる。ずっと彼女がいないと嘆いていた男が彼女を作り、”結婚式を挙げるから、髪を切ってください。”と来店してくれる。人生に寄り添えるのは幸せだし、楽しい。」

ゴールをどこに置くかはその人次第

 サッカーから美容師の世界。サッカーからは距離を置いたが、未練が無いのか尋ねた。「サッカーのゴールはプロになること。当時の仲間達はプロになったり、サッカーと繋がる仕事をしている。自分はゴールに辿り着かなかったが、そこから得た教訓を生かしているから後悔はない。」

 中には、サッカーに拘り、自らの将来を狭め、苦しんでいる友人もいるようだ。「生活するためにはお金も大事。どこかサッカーに囚われている奴もいる。やりたいことだけにフォーカスして生きるのは大変だと思う。」県選抜、Jリーグの下部組織で戦ってきたが、サッカーでの一番の思い出は、小学校の時の小さな大会で優勝したのが一番の思い出だそうだ。

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サッカー少年団時代の写真。中央下段、白いスパイクを履くのが彼。


 

来春からは新しい環境でスタート

 現在はオーナーと10店舗オープンを目指しており、来春に2店舗目をオープン予定。そこで店長として任される。その責任感も感じている。

 「個人でスキルがいくらあっても、経営や色々な事に長けていないと意味がない。まわりにはプロになる。と言われ続け、親も含めてまわりをがっかりさせたというのはある。今は美容師として成功するぞという想いで働いている。」

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さいごーシーンではなく、人生というストーリーを楽しもう

 彼のサッカーに対する印象や、話には以前から興味があった。各年代では成績を残しながらも、プロにはなれなかった。サッカー人生を終え、美容の世界へ。刺激が多く、輝かしいことも時が過ぎれば過去の出来事。それにすがる人生に先の発見や人との出会いはない。

 第一線で戦っていた青春時代。負けず嫌いなのは言わずもがな。勝負の中に身を置き、自らの力で結果を掴む事が刻まれている。手に職を付けたからこそ、お客様の髪を、自分の技術で仕上げていくことにハマったとも言える。

 その時々、良い思い出や、悪い思い出のシーンもある。それら過去のシーンに縛られることなく、人生という長いストーリーを楽しもう。時に苦しみながら自身にとって色濃いものにしていけたら、幸せが待っているのかも知れない。