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どんな人にも経験という歴史がある。その経験を書き記すことで人類にとって少しでもプラスになれるものを書いています。

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年齢を重ねても変わらない心の豊かさ 小林祥(27)百貨店

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富士見FC、背番号12番と14番

 彼とは小学校のサッカー少年団で仲良くなった。背番号は入団順に与えられ、彼が12番。私が14番。ほとんど同時期の小学校4年生に互いに入団。別々の小学校に通っていたため専ら土日でボールを蹴り合う仲だった。小学生ながらに彼の話し方や、持つ清らかな雰囲気は今でも鮮明に覚えている。

 まさに文武両道の彼。中学、高校と別々の時間を過ごすことになったが、彼の家に泊まったり、当時のクラブの友人たちと登山や飲食などを共にしていた。年を重ねるごとに皆の話題は人生、仕事、とディープな話に移り変わった。その議題の中心には彼がおり、常に信頼感や拠り所のようなものがある。

 

■英会話と少林寺とサッカー

 小学校から英語と少林寺を習っていた。英語は彼のお姉さんが元々学んでおり、その影響で始めた。また、父親は男には武道をやらせる。という願いがあり、幼稚園時に近所に住む彼の友達が少林寺をやっていた事もあり始めた。

 「最近、結婚式の両家の顔合わせで自分の幼少期の出来事を親から初めて聞かされた。自分では朧げな記憶だったが、改めて両親の口から聞くと、感慨深いものがあった。」

 少林寺を習っていたが、小学校低学年頃は、病弱で体力も無かった。サッカーを自分で始めたい。と両親に話したのは小学校4年生。

 「当時、仲良くなった友達が土日にサッカーをしていた。休みになると遊べなくなるので、彼と同じサッカークラブに入りたかった。」両親は体力の無い彼が激しいスポーツをすることに対し、不安を抱いていたようだ。

 「少林寺と英会話を辞めなければ、サッカーを習って良い。という約束で、サッカーを習えることになった。」入団当初は、試合の20分も出場できなかったが、そのうち肺活量が鍛えられ、体力が付き、1試合フルで出場することができるようになった。そうして小学校6年間の週5日、習い事をする忙しい小学生時代を過ごした。

 

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サッカー少年団の集合写真。中央付近に写っている。私は彼からひだりに3番目。

 

まさか落ちるとは思わなかった高校受験

 中学校入学後はサッカー部に所属。勉強にも手を抜かなかった。「勉強はそんなに苦ではなかった。中学校まではテスト前に勉強すれば、点数は取れる感じだった。」 県立高校の偏差値60後半のところを志望していた。「文化祭に行ったときに、すごい楽しそうだった。そこに通う人たちを見て、”俺ここの学校に通うんだな。”とイメージができた。」文武両道の彼にとってサッカーが強いところもその学校に惹かれた理由だった。      

 「自分の偏差値でギリギリだったが、落ちることはないと思っていたから、私立は受けるつもりなかった。でも、母親から”私立ぐらいは受験しなさい。”と言われ、すべり止めとして受験した。」

 しかし、第一志望だった高校に不合格となってしまう。「まさか落ちるとは思わなかった。(笑)その時に初めて勉強での挫折を味わった。私立の方は合格していたから、一応高校生にはなれると思っていたが、本当に打ちのめされた。」

 

ハンドボールとの出会い

 希望とは違う場所が新しい生活の基盤となった。最初は行くのを渋る彼だったが、中学時代の友人が同じ学校に行くことを知り、気が楽になった。入学後はサッカー部の仮入部に行くも周囲の空気感とは合わず、諦めた。「その時、中学一緒だった友人がハンドボール部に入ると言っていた。その彼と一緒に仮入部に行った。」そこでは、自分と似た空気感を持つ人が多く、その後3年間ハンドボール部で汗を流した。

 

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インタビュー中の様子。写真は彼のブライダルフォトを撮影した、小学校からの同級生のぽーる。

 
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青春漫画の如く謳歌した高校時代

 高校入学後は学業における競争心も新たに芽生えた。「勉強に関しては負けず嫌い。皆偏差値が近く、拮抗している。だからこそ、負けたくなかった。常にクラスで上位に入るべく、予習復習に追われる毎日を過ごした。」

 勉強、部活だけでなく、イベント事にも率先して楽しんだ。「体育祭が無い学校だったが、その代わりに春と秋に球技大会があった。それまで、サッカーをしていたこともあり、目立つこともあった。各学年時の文化祭や宿泊学習では目立つ役割をしていた。」すべてにおいて、積極的取り組み、楽しもう。という人が多かった。そういった仲間と出会えたことは財産になっている。「今も付き合いがある友人がたくさんいる。例え、会うことが無くても互いに深いところで繋がっていると感じる。」

 

大人の階段を登る途中で

 2年生になると進路選択が待ち受けていた。「学生時代は特にそうだったが、進路は常に迷っている。自分はなにになりたいのか。というのがいつも見えていない。」

 友人達が予備校に通い始め、着々と準備をしているが進学に対する疑問にぶち当たる。「そもそも、大学に行って何をするのか。まわりは学部も決めているが、一体なにを基準に決めているのか。と疑問に思っていた。」得意だった文系を選択するが、大学や学部の選定にまでは至らなかった。「3年の夏休みの時に、意識的に様々な場所へ足を運ぶことで、将来像を掴もうとした。」 

 

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数年前はサッカー少年団の友人達と屋久島へ 写真:ぽーる

 

なにも決まらないまま迎えた3年生の冬

 色々動くも進路は見えず、いつしか冬となった。そんなある日、「父親からお前どうするんだ?大学行かないのなら、就職するのか?」と問われた。就職という考えも無かったため当惑する彼に喝を入れた。

 「お前は社会を知らなさ過ぎる。なにがやりたのか決まってないのなら、それを探すために大学に行け。大学というのは4年間あり、その時間は自由だ。なにをしてもいいし、なにしなくてもいいんだ。」と言われ、大学を将来の選択肢を広げる場所として捉えられるようになり、受験勉強を開始する。

 

試験まで残り僅か、1日13時間の勉強

 12月から受験勉強の開始となったが、勉強が得意な彼の本領発揮。「3か月間めちゃくちゃ勉強した。一日平均13時間勉強し、仲良かった友達と、一日何時間勉強したのかをお互いに送りあうことをしていた。」

 ストップウォッチを購入し、勉強する時にスタート。メールの返信やトイレに行くとき、ごはんを食べるときはストップ。それ以外の時間は全て勉強に費やした。「予備校にも通わず、受験勉強はいつもスタバ。その渦中も学部は決まっていなかった。受験の願書を出すタイミングでネットで知っている文系の学部がある大学を片っ端から知らべた。」
 

悩んだ末に決断した大学での4年間

 法政大学、国際文化学部を受験。「英語と日本の文化についても多角的に学べるというのが魅力だった。ここだと直感で決めた。」センター試験は受けるまでの勉強が仕上がらず断念。赤本も試験の前日に本屋で目を通したぐらいだった。それでも、なんとか合格を手にする。「今振り返ると、よく受かったなと思う。」と笑いながら話した。

 4年間を凝縮して振り返ってもらった。「面白かったのは間違いない。あれより充実した生活をさせるのは難しい。ただ、もう少し学生としての有効的な時間の使い方があったのでは。と今になって思うことはある。」1年目から、アカペラのサークルに入部。勉強では必修科目を取るのに消化。2年生の後期からは、必修でアメリカ・ボストンへの留学。3年はゼミがはじまり、サークルとアルバイト。12月からは就職活動が開始し、卒業。これがおおまかな4年間の学生生活だった。

 

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留学時の様子


 

それぞれの想いを持ち寄り、ひとつのことを成しえる

 アカペラサークルでの4年間が、彼の学生生活の一番の思い出。。「100人以上が所属し、大学の中でも大きい団体だった。部活のような強制力も無い中、ライヴをしたり、イベントをしたり。それぞれ、温度感も違えば、想いもバラバラ。目標に向けて、様々なメンバーと切磋琢磨したのが良い経験だった。」

 集団での活動はそれまでの人生とは違った刺激があった。大学3年時に行った留学も、その一端となったと話す。「色々な人種がいる中で自分がなにをしたいのか。というのを向き合あった。個々の思考が違うことを学び、今では受け入れるのは自分のポリシーだと言える。柔らかく、柔軟にいたい。自分の考えをしっかりと持ちながらも、それだけではない。といつも頭の片隅に置いている。」

 

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広告業界と百貨店業界

 再びの進路選択の場面。就活活動に話は進んだ。大学の授業で広告について学ぶ機会があり、広告の世界に興味を持った。授業の興味だけで、自分の進路を決めるのは不安があった。合同説明会に参加し、自分は何に興味があり、或いはないのかを自分で見極めた。

 その中で、百貨店に興味を持つ。「取り扱い商品のジャンルが豊富なところが面白いと感じた。雑貨やインテリア、洋服、食品。そこに身を置くことで、多くの事を見聞きし将来が開けると思い、選択肢のひとつとした。」

 広告と百貨店に的を絞り就職活動をした。広告会社は10社以上受けるもすべて不採用。その中、百貨店は順調に選考が通った。そうして、二社から百貨店の内定をもらう。そのうちの1社が現在の職場となる。「採用担当の人達が親身に対応してくれた。ほかにも選考が残っている状態だったが、”小林さんが納得するまで就活してもらい、もしも当社で良ければいつでも喜んで向かい入れますよ。”と言ってくれ決め手となった。」

 

入社2年目の苦労

 入社5年目となり、仕事にも慣れ自信をつけたが2年目が一番過酷だったと振り返る。「人間関係で苦労した。毎日出勤するのが嫌で、家に帰ってはふなっしーの音が鳴る人形で癒されていた(笑)」

 百貨店で働くようになり、モノづくりが好きだと感じていた当時。留学の経験もあり、自国の商品とそこで働く職人の人々に以前から興味があった。職場での行き詰まりから、そういうものを仕事にしようと考えていた。すると、父親から高校生以来2度目の言葉を受けた。

 

言葉が出ない程の正論

 「作り手の人達の応援をしたい。と言うが、実際何人の作り手の人達を知っているんだ。現状を知らないお前になにがやれるんだ。」ほかにも、様々なことを諭され、自分のふがいなさと対峙した。「父親にグウの音も出ないほど全うな事を言われた。自分でなにもしていないなと気づき、その場で泣いてしまった。」

 それをきっかけに仕事や人生に対しての考えがふっきれた。「休みを利用して、ものづくりをしている人のところに行き、実際にものづくりを体験したりした。自分が気に入ったものを購入し、自宅で使うことをはじめた。」 

 

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左:友人達と工場に訪れた様子 右:包丁、下駄、箸置き、器なども購入し使っている。

 

自分の趣味が形になった出来事

 自分が見聞したものを伝える方法として、なにがあるのかと考えたとき日記的にブログをはじめた。形になったものもある。「1度行った焼き物を作ってるところの記事を書いたときにコメントがついた。投稿してくれた人はそこのお孫さんから。”じいちゃんの作っているものを大事に使い、多くのことを感じてくれて嬉しいです。”とコメントがきた。なにかしら、リアクションが来るのは嬉かった。」

 ひとりで訪れることもあれば、友人と行くこともあった。これまで、埼玉、東京、千葉、茨城、群馬、山梨、新潟を周り、物づくりの現場で働く人たちのリアルな姿を目にした。

 

幸せな家庭を作る

 自ら動き、インプットとアウトプットをしてきた。仕事も慣れ、後輩もできた。社会人としての研鑽を積みながらも、今年の4月に結婚。現在は11月に控えた結婚式の準備に追われいている。

 お相手は高校3年生の時のクラスメイト。勉強が得意だが、いささか恋愛には苦戦したようだ。高校卒業間近から付き合い始め、紆余曲折を経て結婚に至った。「今までの人生の中で、様々な理由で離れることもあったが今一緒にいられることが本当に幸せだと思う。」

 まだまだ、働き盛り。これから先の社会人生活と家庭を守る男の決意は固い。「今は、家族を大事にしたいという想いが一番強い。将来は子供も産まれるかも知れない。その時に、しっかりと仕事を勤めながら、家族とより多くの時間を過ごしていきたい。」奥さんや家庭の話をしながら、照れ臭そうにする姿は小学生時代にボールを蹴っていた頃と変わりない笑顔だった。 


さいごー待ち遠しい、友人の門出

 知り合ってから、17年。常にグループの中で先頭を走り、様々な環境に行っては勉強では結果を残し、周りの人達を巻き込んで自身の人生を謳歌する様子を見てきた。どの時代を切り取っても、イキイキとした彼がいた。

 とりわけ、人生の決断。進路に関して、悩んできたのは意外だった。軽やかに物事を決めてきたイメージがあったからだ。高校、大学と進路に悩むのだが、”一体自分は何者なのか”という問いに常に向き合ったからこそ、選択には時間をかけ、思考を巡らせた。

 迷いながらも歩む中、常に多くの友人たちに囲まれていた。それにより、自分のポリシーを見つけ、社会人になった今も他者からの影響を受け自分自身の趣味、嗜好を柔軟に変えている。思い返せば、小学校の頃も人の話によく耳を傾け、くだらないことにも付き合うノリの良さがあった。

  小学校のサッカーメンバー最初の結婚式が彼となった。もちろん、皆出席予定。青と黄色のストライプを着ていた友人たちが、大人になりネクタイにスーツ姿で友人の門出を送り出す。結婚という人生の選択も、最良な道へと舵を切る事だろう。私の友達で一番の優等生とも言える、彼の幸せに包まれた笑顔を早く見たいものだ。  

 

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定期的に集まるサッカー少年団の友人たち。インタビュー後に勢揃い。私の両脇にいる友人達も結婚式を控えている。

 

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