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どんな人にも経験という歴史がある。その経験を書き記すことで人類にとって少しでもプラスになれるものを書いています。

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日本に来た人たちを言語で支える仕事 山田恵梨奈(25)日本語教師

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■日本語を外国人に教えるのが仕事

 大学一年生の入学時、同じゼミに入り、以後、ボランティアに参加しフィリピンへ行き、キャンパス内のパソコン室のアルバイト、日本語教員養成課程の授業実習で高田馬場校に行くなど多くの時間を共に過ごした友人。私は日本語教員を目指さず、卒業後はオーストラリアへ行ったが、彼女はその後も大学在学中にアルバイトで日本語教員として生徒達に教え、卒業後は日本語学校に就職。現在は教師4年目となる。

 卒業からこれまで、どのような紆余曲折があったのかをインタビューした。

 

■日本語教員とは?

 年々日本語を学ぶ外国人が増えている。その学生たちが、日本へやってくる理由は主に日本の大学や専門への進学。日本企業の就職などがメイン。母国で日本語をみっちりと習い上達してから日本に来る生徒もいるが、日本人の英語教育同様で中々習得が難しい。

 そのような、日本に夢や希望を持って訪れた人たちに日本語を教えるのが役割だ。

 

■日本語教員になるためのプロセス

 簡単に日本語教師になるための道筋を紹介。大学のプログラムのひとつに日本語教員養成課程があった。日本語教員としてその過程を履修するのは、卒業後日本語教員になるには必要な証明となる。

 授業内容は日本語の文法や日本語の教え方を学ぶ。二十数年間、母国語として意識せずに使っていた日本語を、言語として学び直し知識として外国人に教えるのは難しかった。座学でキャンパスで学ぶだけでなく、日本語学校へ教育実習に行き日本語養成課程は修了となる。

  教育実習の日にちが決まり何ヵ月前から教える項目の文法の勉強、模擬授業などを積み重ねた。共に同じ日に教育実習をし、生徒たちが楽しんでもらえるように、習字で自分の名前を書いてもらったり、授業もわかりやすくできるよう二人で試行錯誤した。当日、私は外国人の学生を前にテンパり、教えることの数割しかしっかりと伝えられず、その後語学学校の主任の先生から注意や教え方に関して指摘をされた。今となっては良い思い出である。

  これが大まかな日本語教員養成課程の流れだ。私は生徒に勉強を教えることが難しいと感じ諦めたが、彼女はそれ以降もアルバイトで日本語を教えることを続けた。

 

■日本語教師になってからの4年間

 日本語教師4年目の彼女。大学4年生時の夏に教育実習を終え、それ以降、日本語教員のアルバイトをしていた。「日本語教員以外の仕事に興味が無く、大学でせっかく習ったことだから生かそうと思った。」就職する際の彼女にとっての条件は、土日休み、家から近いことだった。興味のあること、自分にとっての条件がマッチし、日本語学校で働く事となった。

  大学で学んだ日本語の教え方に磨きをかけるため、最初の1年半は教え方、文法など教師としての基礎を叩き込むため苦労したという。同時に人間関係にも悩んだ。主任の先生と教育や仕事に関して折り合いが付かなかった。

 「私が辞めるという話になった時、そこの学校で働いていた非常勤の先生が新規校を立ち上げるからうちでやらないか?と誘いを受けた。タイミングが重なり、チャンスと思いそこで働く事を選択した。」

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■主な仕事内容

 新規校の立ち上げ初年度から携わり、現在2年目。総勢8人の職員と非常勤の先生が在籍し運営をしている。全校生徒は100名。新規校のため少なく、以前の学校では400名程在籍していた。

 今は週に4コマの授業を生徒たちに教えながら、教師の採用、日本に学生が来る時の書類作成、VISAの申請、生徒たちの進路など授業以外での業務をこなしている。入学した生徒達は2年で卒業する義務があり、その間切磋琢磨し日本語スキルの上達を目指す。

 

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■生徒達に教えるときの悪戦苦闘

 非漢字圏の生徒達は漢字を全く知らない状態でスタートをするため理解が遅い。その点、中国からなどの漢字圏の生徒は習得しやすい。よって生徒たちの能力はバラバラで個人個人理解度が違い苦労するようだ。

 生徒の日本語習得にバラつきがあり、教えていてイライラしないのか聞いてみると、「先生によって怒る人もいるようだけど私はイライラしないかな。むしろマナーや授業の態度が悪いと怒る。」入学当初はやる気のある生徒も、難しくて理解ができない日々が続くと、授業中に寝る生徒も増え手を焼くそうだ。

 「まさか自分が日本語の先生になるとは想像もしてなかったし、まして生徒たちに怒ってるなんて昔では考えられないよ(笑)」と付け加えた。

 

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■生徒の進路に携わる

 インタビュー当日は、土曜日の午前。彼女は休みでインタビューを受けてくれた。その最中、生徒から電話が来た。ウズベキスタンからやってきた学生からだ。「今日は日本のビジネスの専門学校に見学行っていてそこに志望するのかの確認の件だった。」進路も担当する彼女は休みの日でも生徒達からLINEや電話でのやりとりをしコンタクトを取るのが日常のようだ。親切丁寧に「見学はどうでしたか?そこの学校を希望で良いですね?」と電話している様子を見ていると、休日で電話が来ても親身に接しているなと感じた。

 もちろん、日本語を学んだ生徒が皆、大学や就職できるわけではない。「日本語能力は前提だけど、金銭面で進学できない子や日本語以外の能力が無いと厳しい。」能力さえあれば進学できるわけではないという厳しい現実があるようだ。

 

■感謝の言葉がやりがいに

 今の仕事の楽しさや、やりがいを尋ねると「毎日、面白いと思うことはない。仕事が日常になっているから、中々無いな。」と話す。

 もう少し深堀して、「生徒達が卒業する時はグッとなることはないの?」と聞いてみると、「前の学校で教えた生徒2人は卒業した今でもご飯に行くことがある。卒業する時は学生から、授業わかりやすかったです。進学のことでお世話になりました。ありがとうございます。と言われることがある。それが嬉しいかな。」と携わった生徒達のことを振り返った。

 

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■さいごー人と同じ経験をしても違う選択がある

 大学時代に知り合い、多くの時間を共に過ごした。同時期に日本語教員のプログラムを取り、同じ学校で模擬授業として教壇に立った。私は日本語教員を目指さず、彼女は現在も仕事として生徒達に日本語を教え、生徒の進路の対応もきちんとこなしている。私は諦めたが、今もしっかりと日本語教員を勤め、到底真似できないなと感じた。

 淡々とインタビューは進んだが、生徒ひとりひとりの日本語スキル。将来の方向性など、日本語を教えるだけではない様々な人間模様が凝縮されている現場だった。今後も今の学校で働いていくそうだが、どのような先生になるのか楽しみだ。