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誰もが待ち受ける”死”を和らげたい 松澤宗太郎(21)大学生

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今年の夏に出会った青年

 今年の夏、普段働くアパレルショップで、期間限定でスタッフを募集した際に一緒に働いた後輩。年上の中に入り混じる事もあってか、物静かな雰囲気だったが日を重ねるごとに打ち解けていった。

 現在は看護大学に通い、勉強と実習で忙しい生活を送る彼。現時点のインタビュー最年少となったが、死への考え方や思考は興味深いものがあった。

 

 合気道を始めた幼稚園

 幼稚園から中学校1年生まで合気道を習っていた。「長く習っていましたが、今ではなんの身になってないですよ。受け身がうまく取れるぐらい。(笑)」なぜ、中1までだったのかを尋ねると、師範の汗が嫌だったと苦笑した。それ以外にも、音楽教室、水泳、週1回の運動クラブなど習い事を経験した。

 

 問題が解けず、母親の顔が見られない

 中学校入学後は、ソフトテニス部に入部。「部活内の順位も良く、中2の時は県大にも出られた。」一方で勉強は苦手だった。

 「分数の足し算や掛け算ができなくて、母親に塾に無理矢理連れられた。それ以降勉強するようになった。」講師が出した練習問題を出されたが何も書けなかった程だった。「コピー用紙の裏に、その場で出された問題だったけどまったく書けなかった。怖くて、母親の顔を見られなかった。(笑)」

 塾に通うようになり、メキメキと勉強の理解が進んだ。そのうちに、偏差値など数字で自分の学力を見られることが楽しくなった。現在では大学に通う傍ら、アルバイトで塾講師を務めている。

 

 友人の誘いでバレーボール部に入部

 県立高校に進学後もテニスを続けようと思ったが、女子部だったため断念。中学から同じ学校に通った友人の誘いでバレーボール部に入部した。「1年生の間はつまらなかった。先輩は怖いし。部内でも文系、理系のグループがあり、文系の熱血な感じに圧倒された。」ポジションはアタッカーで紆余曲折ありながらも、3年間しっかりと続けた。

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自分を変えられるんじゃないか

 学校生活では2年生の時に生徒会に入り、文化祭の実行委員としても動いた。「中学生の時から、学級委員に憧れていた。当時から、そういう職につけば、自分も変われるんじゃないかと思ってた。」

 実際に入り、変化があったと話す。「具体的に学校を変えたわけではなかったが、自分は変われたと思っている。文化祭もさることながら、日々委員会としてやることがある。仕事や周囲と連携を取りながら学校のために動いた。それによって、能動的になれた。」

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 医療の世界への興味

 小学生時代から理科の授業が好きで、中学生の頃は理科の先生になりたかった。「祖父母が上野の近くに住んでいた。よく、国立博物館に何度も連れて行ってもらい生物に興味があった。」

 その影響で、高校進学後は理系を選択。「学校の先生の仕事は大変と聞いて、医療の道を進もうと考えた。放射線技師、救命救急士。看護師。を候補に挙げ、一番患者と触れ合う救命救急士か看護師を将来に見据えた。」

 どちらの進路にも行けるように勉強を続けていたが、高校3年生の文化祭に時間と労力を注ぎ込むあまりに勉強から遠ざかってしまった。自己推薦で入学できる救命救急の学校に進学した。

 

やりたいことへの近道 

 入学後は救命救急士としての勉強が始まるも、想像と違った。「消防士と医療従事を目指す生徒に分かれ、自分は医療に関しての興味が強かったことに気付いた。消防の一分野として学んでいくより、患者と直接関わる事がしたいと思った。その結果、看護師を目指そうと徐々に考え始めた。」

 実際、4年間救命救急学科で学び終えた後、看護学科に3年通い看護師になる人もいるようだ。「早いうちから環境を変えた方が良いだろうと判断して、6か月通い学校を辞め、看護大学を受験した。」

 

想い描く看護師を目指して 

 そうして、現在は看護大学の2年生。当時の決断は正解だったと振り返った。1年生は医療の基礎知識を学び、2年生からは実習と専門知識を学ぶ。3年、4年も更に分野を広げて進んでいく。

 1年生の実習は患者さんと触れ合う。2年生の実習では、患者さんの病状と接し方を学ぶ。3年生になると老年、成人、小児。妊婦さんが対象となり、様々なケースを現場で観察する。

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趣味は、釣り、キャンプ、天体観測など、時間ができれば友人達と外で遊んでいる。


 

最後は死ぬ運命

 小学生時代から生物に興味があった。そこからなぜ、医療や人命に興味を持つようになったのかを尋ねた。「正直なぜ興味を持ったのかはわからない。祖父母の影響で小さいときから生物は好きだったけど、人の命や医療の分野に進もうと思った明確は定かじゃない。」

 苦笑しながらも、彼の考える人生観を話してくれた。「結局、人は死ぬじゃないですか。病気を患い、手術後健康になり退院した人も最後は死ぬ。人間は死の過程を辿っている。その最後の死に対して患者が向き合う時に怖くないように迎えさせてあげたい。」

 将来は精神科や緩和ケアなどの、内面的なところをサポートできる看護師になりたいそうだ。「”どうせ〇〇だから”と自分にはネガティブな考え方がある。人間最後は死ぬんだから。という観点で、一番最後の所で待っていれば、みんな最後はここに来る。」

 

さいごー悲観的な考えの中にも、一筋の光

 現在、大学2年生。残りの学生生活の中で実習や座学を通して、学ぶことは多くあるだろう。その中でより、看護師としての道が明確になっていく。

 医療の道への興味の一歩は、幼少期の生物への興味だろうが、看護師との接点はあまり見当たらない。むしろ、”どうせ〇〇だから。”という若干の悲観的な捉え方で始まった将来への考え方は面白いなと感じた。

 なにか仕事をしている人達の多くは、自身にとってインパクトのある体験や、長年趣味にしてきたことなど、それまでの過去に体験的ストーリがあった。

 彼の場合はそれとは違い、”どうせ人間、最後は死ぬ。”という人間の避けては通れない死にフォーカスした。胸を張って言える興味や関心が無くても、人間の一生をつぶさに観察し発見したものを自分の仕事や、趣味にしても良いのだろう。

 

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