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学歴は無くてもカメラマンとしてやっていく。8月からフリーカメラマンになることへの心境 柳澤恒太/ぽーる(26) フォトグラファー

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■シンガポールから帰国した転校生

 ぽーるは彼の愛称。シンガポールのポールを取っての呼び名だ。父親の仕事の関係で幼稚園の卒業後から小学校2年生の夏休みまでシンガポールにいた。彼とは小学校の少年団サッカークラブの友人。4年生から知り合い、彼とは小学校は違うが、卒団後も当時のクラブメンバーたちと定期的に会う。登山、ドライブ、遊びに行けばカメラを持って、私たちの遊ぶ姿を収めていた。「カメラマンとしてやっていく。」と話を聞いたのは4年ほど前。それ以降は、皆就職し顔を合わせる機会が減ったが、今回お願いしたところ、承諾してくれた。

 

■建築からフォトグラファーへ

 現在はフォトスタジオとフリーのカメラマン。高校、大学と建築学部に進学。中学時代から音楽を始め、大学では軽音サークルに所属。写真をはじめたきっかけは大学1年生からサークルのライブ写真を母親から借りたデジカメでだった。サークルの広報のようなことをしていたそう。その傍ら、記録がしたい。3.11が起きた時にそう感じた。「 特に建築は見るけど、写真に残すことをしないと気づいた。」また、建築学部に在籍にしていた影響で、建築写真というジャンルにも興味を持つ。大学卒業後は建築会社に入社。監督業も務めながら、趣味で友達のライブの撮影もしていた。一年で退社し、スタジオ館での就職を決める。今、入社して3年ぐらいだそうだ。 

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彼が撮影した、友人の家族写真。

■転職の葛藤

 スタジオは、子供写真がメイン。結婚写真、遺影まで幅広く撮影する。「人の人生の過程に携われるのが楽しい。」とやりがいを示した。「写真は自分を表現できるから好き。そして、音楽が好きだからこそ携わりたい。」と話す。しかし、写真の学校に通っていたわけではなかったため、転職の際は不安しかなかったと言う。「まわりにうまいと言われてきたけど、これからはうまいと言われるのは当たり前の世界。今度はプロの人たちに認められるところに行く。まして、スタジオは高いお金を払って写真を買ってもらう。そういう世界でやっていくプレッシャーはあった。」と振り返る。

 

■コミュニケーションが苦手だったカメラマン

 一方で、これまでは人と関わるのが苦手でその克服が大変だった。「子供の写真は笑顔が重要で、そこが大変。親御さんも笑わせてくれるけど、カメラマンも笑わせなきゃいけないなと痛感した。」これまで、アルバイトは居酒屋のキッチンをしていた。当時は接客は考えたこともなく、話すことを苦手としていた。転職後、人と話す機会が増え「今はサービス業のほうが好き。写真を撮るうえで人と話さないといけない。自分の人生を変えられた。」カメラを生業にして自分の性格も変わったと話す。

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海外のバンドのライブ写真

■小学校のときの絵画コンクールで表現の楽しさを知った

 「2020年の狭山市」のようなタイトルで良い賞をもらった。それがきっかけで表現をする楽しさを知ったという。彼のおじいちゃんは障子を作る人、おじは土木関係。父親がゼネコンの経理をしていた。物を生み出す人たちに囲まれ、昔から作ることも好きになった。「料理作るのも好き、音楽も好き。色々やったが、表現して楽しかったのは写真。その写真を編集して自分の好きなようにするのが楽しい。」 

 

■知り合い、SNSからフリーの仕事が入ってくる

 フリーでの仕事は知り合いからの誘い、ツイッターやインスタグラムを通じて連絡が来る。ライブ写真、アーティスト写真。時にはライブ映像やPVも撮る。今は映像がすごい楽しいと話す。「自分がやってきた写真のワンカットよりも3分の中で考える映像の方がやりがいがすごくある。」 また、SNSでどれだけ自分を表現できるのかが仕事を得る鍵にもなる。彼のカメラマンの友人は、よく行っていたラーメン屋さんの店主から店内に「写真をかけてみないか?」と誘われ、後日店主と写真を立てかける準備をしていた際、有名なV系バンドがたまたま来店し、その写真を見て「よかったらカメラマンやらない?」と誘われ、台湾と中国へカメラマンとして同行したという。

 

■8月からフリーのカメラマン

 彼の夢は、海外のバンドのカメラマンとして同行すること。既に数回、来日した海外のバンドのカメラマン経験もある。そして、今年の8月からフリーでやっていくそうだ。最初の仕事はイギリスのバンドの日本ツアー6公演のカメラマン。フリー転身の理由は、徐々にフリーの仕事も増え、スタジオ館で働きながらでは、バンドと日程が合わないことや、編集に時間を避けられないからだそうだ。ライブだけではなく、これからはブライダルフォトなども幅広くやっていくそうだ。スタジオ館に就職して3年。「正直、ここまで早いとは思わなかった。もっと普通のバンドの写真を撮っていたと思う。一方で、フリーになってどれくらい稼げるのか怖い」と期待と不安をにじませた。

 

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フリーとして初めてのブライダルフォト。写真に写る彼もまた、同じ少年団サッカーの友人。今年の11月に結婚式を控えている。

 

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■さいごー子供からはゴリラおじさんと呼ばれる

  彼がカメラで仕事をしていくと話があった時は、古い友人4、5人で飲んでいた時。カメラの専門学校に通ってないこと、それまでは趣味だったものを仕事にするという様々な理由から肯定も否定もしていた。それから、3年が過ぎフリーでの仕事も始まる。「その時は正直、好きに言ってろ。と思ってた。」と話してくれた。

 私が撮った写真からは想像もつかないだろうが、彼はスタジオ館の仕事では子供の前では芸人のように振る舞い、笑顔を引き出すそうだ。年々、少子高齢化に伴い、七五三のお祝や写真の依頼が減りつつあり、「日本の文化を止めたくない。」とも話した。そこには彼の伝えたいという思いが根底にあるのだろう。

 この3年間、どのように働き、もがき、苦しんでいたのかを直接見てきたわけではないが、ひたすらにやってきたのだろう。 これからも、険しい道が続くと思うが、彼の表現したい世界を追求していってほしい。