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「演じる役に大きいも小さいもないと思うんです」――舞台に魅了された8年前とこれから 松永佳子(23)劇団文化座/準劇団員


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例え隅っ子の役だとしても

 演劇と出会ったのは中学生の時。高校、大学と演技を続け現在は劇団文化座に所属している松永佳子(まつながかこ)さん。

 プロとして活躍するには厳しい世界。主役にキャスティングされるのも数年、或いは数十年かかることもありえる。

 主役は花形ポジションと言えるだろう。しかし、主人公ひとりだけで進む物語はない。様々な人や物事が絡み合う。

 「もちろん、主役を演じるのは充実感や楽しさもあると思います。でも、目立たない役にも、その子の人生が物語の中にあると思うんです。お客様が楽しんでいただくことに、役の大きさは関係ないんじゃないかなって」

 大学を卒業したのは今年の3月。まさに、これから。というタイミング。

 演じることやこれまでの人生を伺った。

    

演劇との出会い

 中学時代は吹奏楽部。ある日、高校演劇の全国大会常連校であるOBの方との出会いが演劇へのきっかけとなった。

 「1年生でありながら主役を担っていた方でした。練習後にその方が突然ピアノを弾きながら歌われていたんです(笑)。歌の上手さや迫力はもちろん、その姿がかっこよかったです。その瞬間、『私もお芝居をしてみたい』と、演劇の世界に引き込まれました」

 

えっ!?おばあちゃん役?

 演劇に力を入れている高校に進学。演劇部員60人を超える中、副部長も務めた。そんな松永さんの最初の役は、60歳のおばあちゃん役。”春から夏に変わるシーンで踊って捌ける”という場面だった。

 「『えっ!?おばあちゃん役?』と、最初は驚きました(笑)ただ、おばあちゃん役は私だけだったので、『極めたら面白いかも知れない』と思い、膝の曲げ方や、腰の落とし方。ダンスをしながら、いかに”おばあちゃんぽさ”を演出できるか研究しました(笑)」

 1500人のホールで初の演技。緊張よりも楽しさが上回っていた。

 「最後、観劇して頂いた方にアンケートを配るのですが、気になった役者の欄に、『春から夏に変わるシーンの下手から出てくるおばあちゃん』と、書いてくれた方がいて(笑)。名前もセリフもない役でしたが、お客様に見てもらえる喜びをそこで感じました」

 

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高校最後の舞台にて

 

”その世界で生きる自分”になる

 しかし、その後も主役には抜擢されることはなかった。周囲には、中学時代から芝居している友人も多く、決して自分の芝居を上手いと思えなかった。

 プロへの道は諦めようと思っていた時に転機が訪れた。

 「3年生になり、メインも脇も経験したことで、役の大小は関係ないと感じました。脇役が多かった私でしたが、『役に近づく感覚』が好きでした。その世界では端っ子の存在かも知れませんが、しっかりと物語の中で生きているわけです。もし、『脇役だからテキトーでいいや』と、自分を卑下してしまってはその役に可哀そうですし、見ているお客様に対しても失礼だなと。そこで改めて演じる楽しさを知り、演劇を続けようと思った瞬間でした」

  

激動の大学1年目

 桜美林大学に進学。1年間の文学座附属演劇研究所の夜間部で演技レッスン。それに加えてアルバイト。

 好きな事を選び、順風満帆の生活。とはいかなかった。日々の目まぐるしさから徐々に通うことが困難になっていった。

 「1か月ほど大学も研究所、もちろんアルバイトにも通えなくなりました。ただ、その時期は卒業公演間近のときで高校時代の友人たちから『見に行くね』。と、連絡をもらっていました。『ここで諦めてしまっては失礼だな』と、思い卒業公演に向けて練習と大学も再開しました」

 

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文学座での集合写真。研究所出身者の中には、樹木希林さんや黒柳徹子さんが卒業生。

 

2分間の演技。報われた瞬間

 卒業公演を無事に終え、その後に行われるオーディションで、どの芸能、劇団事務所からも声を掛けてもらえなかったら大学に専念しようと決めて臨んだ。

 「約2分間にこれまでの想いなどを注ぎました。そして、光栄なことに今所属している劇団からご連絡を頂きました。高校時代は、舞台の外のお客様にも魅せることを意識したミュージカル。研究所では、舞台の上でその世界を作り上げるような会話劇。どちらも素敵で大好きなんです。その両方を兼ね備えた劇団に中々出会えなかったのですが、それを表現していたのが今の劇団でもありました」

 

自分の道を認めてくれた場所で

  また、大学に通っていることを快く受け入れてくれたのも大きかったのかも知れない。

 夜間部に通っていた時、「大学に通っているのは芝居がダメだったときの保険なんでしょ?」と、周囲から言われたこともあった。

 「大学生は良くも悪くも自由な環境ではありますが、きちんと学べば得るものはたくさんあります。ただ、その頃は私にもそれを言えるだけの学びが足りなかったと思います」

 その時の苦悩や悔しさも相まってか、劇団に所属する際に「大学を辞めることも考えています」と、伝えると意外な答えが返ってきた。

 今でもその時の言葉が糧になっている。

 「もしも、大学が舞台や将来の妨げになるのなら退学しても良いと思います。ただ、入学金や授業料はきっとご両親がお金を出してくれたんだよね?それに、大学でしか学べないこともたくさんある。その学びが松永さんの強みにもなる。たしかに同期とはスタートがズレてしまうけど、長い人生で見れば22、23歳の時に芝居に出演したがどうかはとか関係なくなるよ。だから4年間で卒業して劇団で頑張ってください」

 電話口だったが、号泣していた。

 「このような事を言ってくれる人が所属する劇団ってすごい素敵だと思いました。改めてここで頑張りたいと強く思いました」

 

 

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現在所属する文化座にて。引用:劇団Facebook

 

日本語教師生活inモンゴル

  大学2年生から劇団文化座に所属。以前にも増して学業にも尽力しようとした時に、外国人に日本語を教える日本語教育の世界と出会った。

 「演劇とはまったく違う世界で面白そうと思ってはじめました。3年生のときには、インターンとしてモンゴルの高校で教壇に立たせて頂いたんですが、学生の学ぶ意欲の高さ、海外の文化も知れました。それと、お芝居に対する考え方がガラッと変わりました」

 

【モンゴルで日本語教師として登壇した方々】

www.carpediem-humanhistory.com

www.carpediem-humanhistory.com

 

 

生徒と共に作り上げた1か月

 インターン中、日本語を使って発表をする授業にて「先生がいるから演劇がしたい」と、クラスの生徒達から提案された。

 その時に扱ったのが『千羽鶴』という作品。実話を基に作られている。

 簡単なあらすじは、原爆の放射能を浴びてしまった少女が白血病を発症。入院生活を余儀なくされた彼女にクラスメイトが千羽鶴を送るも、最後は亡くなってしまう。という内容だ。

 「生徒たちから『浦島太郎や桃太郎のような子供っぽい作品は嫌です!』と言われ、いくつか候補を持っていたのですが、まさかこの作品を選ぶとは思いませんでした。元々劇団で扱っていた作品で、1時間以上ある物語なんですが、なんとか10分程に短縮して台本を作り、1か月間生徒たちと共に作り上げました(笑)」

 

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作品は国境を超える 

 さらに生徒達からは「この曲も使いたい」と劇中に使う曲も提案された。

その題名も、『千羽鶴』。モンゴル語で歌われている曲だが、和訳して生徒が持ってきてくれた。
 「その曲の存在さえも知らなかったんです。作品と実際の繋がりがあるのかは分からないのですが、作品の内容に詩が寄り添ったものでした。モンゴルで日本の演劇との繋がりを感じれるとは思っていませんでした。日本語教師としての仕事の面白さもですが、演劇の可能性や見方を変えるキッカケにもなりました」
 

お客様に届く作品とは

 今年の3月に大学を卒業。その後は、東京公演を皮切りに旅公演で九州を周る等、目まぐるしい日々を過ごした。
 今は準劇団員として主に衣装スタッフや受付業務などがメイン。これから先、舞台出演も増えてくるだろうが、決して演劇だけの人生を送ることはしたくないという。

 「演劇の世界しか知らない人になることに抵抗があります。外の社会や慣習を知らなければ、作品作りや役作りの上でつまらないものになってしまうと思います。様々なものに触れることで、一般の人たちがなにを求めているのかもわかると思うんです」

 観劇していただくことが役者冥利に尽きるといえるだろう。そのため、お客様の存在は何にも代えがたい。

 「なので、演劇しか知らないと一般の人たちに刺さるものを作れないと思うんです。そこに安住していは自己満足の世界に終わってしまう。もっと広い世界に足を踏み入れて、演技の幅も広げていきたいです」

 

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昨年の夏、高校演劇部の顧問の先生主催の劇団に参加。その当時の稽古場面。

  

さいごーいつかプロとして会える日を

 時に演劇を辞めたいと思ったこともあった。そんな時に、支えてくれたのは常にお客様の存在だった。

 「お客様の反応を感じられる”舞台”という場所がすごい好きなんです。それと将来、高校時代の演目後のアンケートで私の名前を書いてくれた人が、なにかの作品を観劇した際にプロでお会い出来たら嬉しいなと思います。『あの子、プロになれたんだ!』と、思って頂けたらすごい幸せなことだなって。私がプロになれたことでその人の人生を左右することは無いと思います。でも、どこかで過去と今がリンクして『あの時見てたよ』と、言われると嬉しいなって…。」

 大学を卒業して8か月。これからが本番といえるかもしれない。「今後やりたい役はありますか?」と、尋ねた。

 「そうですね…。もっとスキルを身に着けていつかまた、おばあちゃん役をするのが私の夢です(笑)」

 

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