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あのドキドキ感をもう一度味わいたい。日本語教師というキャリア選択 塚原彩佳(31)大学院生/日本語教師

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 新たなチャレンジへの準備期間

 これまでも数名の方にインタビューを行ってきた、日本語教師という職業。今回お会いした塚原彩佳さん(つかはらあやか)も日本語教師として働いた経歴の持ち主。

 現在は拓殖大学大学院、日本語教育学を専攻。修士課程修了後には再び海外で教壇に立つ日を待ちわびている。

 日本語教師もまた人材不足と呼ばれる業界のひとつ。「少しでも多くの若者に海外で働けるチャンスを提供したい」そんな想いを抱きながら研究を続けている。

 

 わたしは日本人

 子どもの頃の将来の夢はお花屋さんやパティシェ、キャビンアテンダントと女の子らしい。

 小学校5年生のときに塾で英語を学び自分の世界が少し膨らんだ。

 「英語を学ぶ。というよりも、外国語を勉強することが面白いっていう感覚でした。高校進学の際には、当初は海外に関して学べる学校を考えたんですが、自分自身が日本の変遷や文化についてあまり詳しくないと思ったんです。その状況で海外のことを学んでも、あまり意味がないのかなと考え私立高校に通いました」

 日本の歴史と英語をメインに勉強。修学旅行では熊本県にてハンセン病の歴史や経過、原爆が投下された長崎県で親族から直接話を聞くなど、自国の歴史を見つめることができた。

 

どうしたら良いのかわからない。もがいた先生1年目

 海外に行きやすい環境に加え、諸外国の問題なども学べると思い東京国際大学、国際関係学部に入学。1年生のときには海外プログラムに参加。4年間はとにかく資格取得に多くの時間を使ったという。教職課程、日本語教師、秘書検定…と、自分の可能性を広げていった。

 2011年に大学を卒業、臨時採用の中学校教員として採用された。

 「精神的に辛い時期でした。新卒採用と違い、臨時採用はできて当たり前。というスタンスなので、誰かに教わることなく他の先生の立ち振る舞いを見て学生達とのコミュニケーションや授業の進行などを学んでいました。でも、自分は登壇経験も浅ければ年齢も若い。そのためベテラン教員の方々の真似をしても、本来の自分とのギャップがあり苦しみました」


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違った環境で感じた教える楽しさ 

 そんな時に「モンゴルで日本語教師をしてみない?」と誘ってくれたのは大学のゼミの先生。大学3年生のときに塚原さんはモンゴルで日本語教師の教壇実習を経験していた。原状回復の起爆剤にはこれほど絶好のチャンスはなかった。

 「卒業してからも定期的にお会いしていましたが、まさか仕事のお声をかけていただけるとは思ってもいませんでした。せっかくのチャンスと思いお受けしました。結果、2年間モンゴルで日本語教師をしたのですが、とても充実していました」

 

「えっ?モンゴル…?」

  日本に帰国したのは25歳の時。その後は一般企業に勤めながら、高校の非常勤講師の採用を待つ日々。 程なくして、都立高校の英語の授業を受け持つことになる。

 初対面の高校生にこれまでの人生を話す。

 「海外で日本語教師をしていました」そう話すと、学生たちは「アメリカですか?イギリスですか?」と聞く。「モンゴルだよ」と答えるとポカンとした表情を浮かべる。

 海外=英語という認識を持っている生徒も多い。加えて、受験のための英語。と捉えている学生もいるため、塚原さんのような人と会うのは子どもたちにとっては外国人と触れ合う感覚に似ているのかも知れない。

 

英語を学ぶ意味

 「『英語』を勉強しているよりも、『外国語』の勉強の仕方を学んでいるという考え方でいいんだよ」とも伝えている。ここでも学生たちはあっけにとられる。

 「『何言ってんの?』という表情をされます(笑)でも、K-POPも流行っているから韓国語を学んでもいいんじゃないかと思うんです。例えば理系志望の学生には、『日本の論文や文献だけじゃなく、英語や中国語、北欧などからも引用、時には一緒に研究をすることもあるんだよ』と話しています。私の夫も大学時代は理系にいました。『英語や外国語をもっと学べばよかった』と当時を振り返って言う事もあります」

 その時に英語で学んだ勉強スタイルを他の言語を学ぶときに落とし込む。その例として英語を学んでいるんだよ。学生達は先生の話を聞きながらカルチャーショックを感じていく。

 

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 やっぱりあのワクワク感が好き

 「本採用も受けてみたらどうだい?」と、職員の方から背中を押されることもあったが外国と繋がれ、海外の人と共に仕事がしたいという想いが再燃していた。

 「知らない土地で仕事をするワクワク感やチャレンジ精神がまた蘇ってきました。自分がその国の外国人となって文化や慣習に混ざりながら生活したいなって。中高生に言語を学ぶ楽しさを伝えたい気持ちもありましたが、それはゲストスピーカーとしてもできると思い、改めて日本語教師として海外の現場に出向きたいと方向転換しました」

 

日本語教師の裾野を広げる

 2018年に拓殖大学大学院に入学。修士の取得は、大学などの高等教育機関や日本語教師養成講座で授業を受け持つ仕事が可能になるなど、更なるスキルアップが望める。

  大学院では自ら議題を掲げ研究していく場所。塚原さんの研究内容は、日本語教師を目指す大学生が対象。教育実習を海外で行った際、その後の生活にどう変化が起きたのかの調査だ。

 「行ったことでどんな気づきがあったのか。帰国後に英語の授業を増やした、海外とより接点が持てる場所に出向くようになったなど、統計を取ることで日本語教師が持つ可能性など、多くの大学生がやってみたい。と思えるような論文を執筆しています」

 

いつかのときの選択肢として

 日本語教師は一般的な教職とは違い、取得する単位数も少なく、国家資格ではないためどんな学生でも挑戦しやすい。しかし、明確な資格がないため「将来性が見えない」そもそも「よくわからない」という理由から敬遠する学生もいる。

 「語学留学や教職課程とも違ったプロセスを辿りながら、海外の経験と教師の仕事を体感できるのは日本語教師の面白い点かも知れません。もちろん、大学卒業後にすぐに日本語教師にならなくても主婦や、定年後に勤める方もいらっしゃいます。選択肢を持っておくというのはライフステージが激しく変わる女性には特におすすめだと思います」

  変化の激しい時代だからこそ、柔軟に仕事を変えられるのもひとつのスキルになってくるだろう。

 

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「仲間」か「他人」と思うか

 年々外国人労働者が増えているのもまた事実。今や日本人労働者だけの飲食店は徐々に減っている。異国の人とどのようにしてコミュニケーションをするのか。我々日本人の姿勢が問われてくる。

 「外国人の方と接したり、仕事を共にする機会は今後必ず増えてきます。例え文法や専門的な知識は無くても、長文ではなく用件を区切って端的に話す、少し上手に話せなくても寛容になって接して欲しいとも思います。その心持ちがあるかないかで、仕事に対するモチベーションにも変化が生まれると思います。「同じ仲間」として思うのかただ、「外国人が来た」と思うのか。大きな違いですよね」

 

さいごー目標を支えるエネルギー

 翌年に卒業を控え、研究と就職活動を同時並行で行っている現在。もちろん、日本語教師を目標としているが自身の挑戦も忘れてはいない。

 「モンゴルで赴任した高校は政府から表彰されるなど、整っていた環境でした。どこか守られているとも言えます。他のところでも自分はチャレンジできる人間なのかを今一度知りたいです。そのためにも今は修士論文を完成させることが第一優先です」

 

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