carpediem 

どんな人にも経験という歴史がある。その経験を書き記すことで人類にとって少しでもプラスになれるものを書いています。

MENU

100歳まで歩く身体づくり medico Nagate 長手良弘(34) 鍼灸師/パーソナルトレーナー/フリーランス

f:id:blogcarpediem:20190711103531j:plain

健康案内人

 今回、インタビューしたのは長手良弘(ながてよしひろ)さん。以前、インタビューをした橿渕

さんの記事をきっかけで出会った。

 何通かやりとりして知ったのだが、私と同じ大学の出身且つ、サッカー経験者。共通点も多く親近感がすごく湧きました。

 現在はフリーランスとして『100歳まで歩く身体づくり』をテーマに時には鍼灸師、パーソナルトレーナーの顔を持つ。

www.mediconagate.com

 

 まだまだ、フリーランス駆け出しの私だが、これまでの人生ストーリーだけでなく、実に実りある時間だった。

 

 

朝食はラーメン!肥満少年時代

 富山県出身の長手さん。祖母がラーメン屋を営んでいたこともあり、朝食はラーメンを食べてから登校する日も多かった。今の長手さんからは想像できない食生活。みるみるうちに体重は増え、保健室の先生から心配されるほどに。

 「なにかスポーツを習わせよう」とご両親は考え、地元のサッカー少年団に所属した。 

 「初めてキーパーをやった時に、感激しました。(笑)『あっ、このポジション動かなくて楽チンじゃん!ラッキー!』と。(笑)それと、ドッチボールが好きだったんですよね。特にキャッチすることが。それも相まってキーパーの役目が性に合っていたんだと思います」

  その結果、体重は減少。ダイエットとして始めたサッカーに徐々にハマる少年に変化していった。

 

f:id:blogcarpediem:20190805125010j:plain


 

不登校になるも顧問からのやさしい言葉

 学区の関係から、ひとり別の中学校へ転校。サッカー部に入部するも、環境に馴染めず入学早々に不登校になってしまう。

 「上履きの中に画鋲が入っていることがありました。その時はいじめられたと思っていましたが、振り返ると僕の場合は自分が弱かったんだと思います。思春期だったこともあり、新しい人間関係や違う環境、様々な物事を消化できていなかったのかも知れません」

 そんな中、サッカー部顧問の先生からは「授業は受けなくてもいいから、部活だけでも来いよ!」と、声をかけてくれ、部活には参加。3年生の時には、「高校に進学したい」と再び通い始め、都内の高校に進学する。

 

f:id:blogcarpediem:20190805125200j:plain
 

部活漬けの3年間

 「僕が不登校だったことは誰も知らない。そう開き直って、新しく人間関係を作る事ができました」そう話す高校時代はサッカー漬けの日々だった。

 グラウンドは天然芝で、女子元日本代表監督や、元Jリーガーのコーチ。部員は100名以上が所属する環境。 

 「現役女子日本代表の方と一緒に練習ができ、刺激も頂きました。コーチからの指摘も反骨心から毎日練習していましたね。それでも、どこかコーチから怒られないようにサッカーをしていたような気がします。練習の辛さをいかに楽しみながら取り組むか。そんな逃げの考えがありました」

 

いかにお客さんになってもらえるか

 高校卒業後は東京国際大学、心理学科に入学。大学ではサッカー部には入らず、アルバイトで多くの時間を過ごした。サッカーのコーチ、飲食店。特にカラオケでの仕事が充実していたという。

 「サラリーマンの方たちとの価格交渉が楽しかったのを覚えています。(笑)見えない空気感の駆け引きが面白かったです。中には酔っ払って話しかけてくる人もいたんですが、それも面白くて。いかに、自分のトークでお客さんを引き込むのか、を学べました。この体験は今も繋がっている部分かも知れないですね」

 

f:id:blogcarpediem:20190711103546j:plain

 

就職という選択

 「自分は一体何がやりたいのか」と模索して出た答えが、プロスポーツチームのトレーナーだった。

 「具体的な進路が掴めなかった4年生の時に、サッカー女子日本代表の試合を観戦に行ったんですね。その時、高校時代に僕を指導してくれた選手が出場していました。その姿を見て、『観客席から見るのではなく、柵の向こう側で仕事ができたらいいな』と思いました。そこで、選手を間近でサポートできるトレーナーを目指そうと決めました」

 大学卒業後は専門学校に進学し、アルバイトをしながら通学しようと考えたが、父親から「まずは就職して社会に揉まれてみたらどうだ。そして、専門学校で国家資格を取得し、自分の武器を持つのも良いんじゃないか」というアドバイスをもらい、2年という区切りを設けて、自動車のディーラーとして働くことを選択した。 

 

再確認した”交渉”の楽しさ 

 実はほとんど車の知識は皆無だったそうで、最初は上司の方と自社のパンフレットを見ながら、部品の名称など、とにかく知識を蓄えることから始めた。

 「最初は悪戦苦闘でした。(笑)ただ、大学時代のカラオケと共通する価格交渉も楽しかったです。一番最初に契約を獲得した時は、僕と課長家族でお祝いしてくれたこともありました」

  

トレーナーと鍼灸師

 退職後は鍼灸師の専門学校に入学。鍼灸を選んだ理由は高校時代に怪我をした際に治療してくれた人がきっかけだった。昼間は老人介護施設で働き、夜は授業の生活。施設での仕事は認知症の方も多く衝撃的だったと振り返る。

 学校の実習で、名門ラグビーチームや、クラスメイトの紹介で国体のバスケットボールチームなどで経験を積んだ。

 鍼灸師の国家資格を取得し27歳で卒業。多くの生徒が接骨院などに就職する中、専門学校時代から勤めていた大手町のスポーツクラブでアルバイトとして勤務。そのほかにも、中目黒の治療院で鍼灸師として働き、プロ野球チームで35年間トレーナーを勤めた方や、体操日本代表トレーナーの傍でも働き、多様なスキルを身に付けた。

 

f:id:blogcarpediem:20190805124957j:plain

専門学校卒業後のトレーナー時代。黄色いウェアが長手さん

 

 ひとりひとりを診る充実感

 治療院で働きながらも、スポーツトレーナーの夢を抱いていた28歳の時、「Fリーグのチームでトレーナーをしてみる?」と誘いを受ける。これまでなら、「やります!」と即答する長手さんだったが、この時ばかりは違った。

 「いつしかスポーツトレーナーになる目標が薄れていました。それよりも、一人一人の患者さんを診る面白さが大きくなっていたんですよね。ご年配のお客様もいるのですが、『毎年海外旅行に行きたいから、そのためにトレーニングをしているのよ』と、通院してくれています。すごく素敵だなと思うんですよね」

 大きな組織の中よりも、お客さんの生活の一部に加われるような治療がしたいと思ったそうだ。

 

f:id:blogcarpediem:20190805130654j:plain

「ある意味、治療して体調が良くなる。というのは当たり前じゃないですか。この前は70歳ぐらいの人にスマホの操作方法を教えたら、握手してれて(笑)治療以外でも、人の役に立てるのは嬉しいです」



 

フリーランスの仕事事情

 兼ねてより勤めていた大手町のスポーツクラブが提供する治療院に移り、月150件ほどの予約が埋まるようになった。次第に裁量を持って仕事を行いたいと、独立への想いを抱く。

 異なる環境に挑戦することを後押ししてくれたのは、奥さんの朋美さんだった。

 「当たり前のことですが、フリーランスの場合は金額設定も自分で決める。『自分の1時間はいくらなのか』と悩みますよね。そんな時に奥さんが、『自分のやりたい金額でいいんだよ』とスパッと言ってくれました。(笑)元々、奥さんもフリーランス経験があったので、今も相談しています。今後、僕のやりたいことも理解してくれているので、とても感謝しています」

 

f:id:blogcarpediem:20190711103559j:plain

 

どのようにして価値を提供するのか

 フリーランスとなり、2年半が経過。訪問で治療をすることもあれば、大手町のジムでパーソナルトレーナー、ジムの新人トレーナーに解剖学の研修の仕事も行うなど、仕事は多岐に渡る。

 ご高齢の方たちに対しては、規制やルールを課すのではなく、現状でできることを提案しているそうだ。いかに、相手に納得してもらいながら、価値を提供できるのか。決してお金だけではない、健康を第一とした交渉の部分が要求されている。

  

自分だからこそできるサービスを届けたい

 今後は法人化に動くという長手さん。「100歳まで歩く身体づくり」をテーマにセミナーを行うことも多い。8月に健康経営アドバイザーを取得し、鍼灸師×企業の健康を掛け合わせ、鍼灸師としての新しい働き方を開拓していく。

 「オフィスワーカーの方たちに腰痛予防のエクササイズや、鍼灸師としてサービスを行いたいと思っています。フリーだからこそ、自らが動くことで伝えることができると思うんですよね。現在のお客様を大切にしながら、多くの方々に健康の維持や向上の案内。それらを提供ができる会社の設立に向けて準備をしています」

 

f:id:blogcarpediem:20190805125119j:plain

 

さいごー誰しも秀でる部分がある

 医療、健康の知識、確かな鍼灸の技術。様々な知見が必要とされるが、あくまでコミュニケーションが重要だと話してくれた。

 名医と呼ばれる人や、プロチームに帯同して選手のサポートをする人達も多いが個人で行うからこそ、よりお客様との密なコミュニケーショが求められる。

 「確かにすごいお医者様や、トレーナーの方たちもいらっしゃいます。その人たちに敵わない事もあるかも知れないです。ただ、それ以外で秀でている部分もある。そういうところで僕は今、勝負しているかもしれません」

 優しい笑顔の裏にある、勝負師の覚悟を垣間見た。