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どんな人にも経験という歴史がある。その経験を書き記すことで人類にとって少しでもプラスになれるものを書いています。

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ブラジルでの生活、度重なる転校。めまぐるしい変化の中で感じたことを、今に繋げる 徳田勇人(29) 臨床心理士

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パソコン室での出会い

 当時、私が大学2年生の時に大学のパソコン室のアルバイトを始めた際に、既に徳田さんもアルバイトとして勤務していた。

 学部生を卒業後は、同大学の大学院まで進学。卒業してから数年経ち、当ブログを立ち上げた際からいずれはインタビューがしたいと思っていた。

 臨床心理士として働く現在の仕事内容もさることながら、まさか幼少期にブラジルで過ごした経験があったとは思わなかった。

 職場での人間関係。家庭内の事情や、いじめ。複雑な思いが入り混じる現代。それぞれ違う悩みを抱えている方たちに寄り添っている。

 

異文化での生活

 東京で生まれ、5歳から10歳までをブラジルで過ごした。

 「両親がキリスト教で働いており、その仕事の都合で日本でも引っ越しをしていたが、自分が5歳の時に両親の仕事の都合上でブラジルに移り住んだ」

 異国の地での生活がスタート。最初の半年間こそ日本人学校に通っていたが、ブラジルでの生活が長くなることを見越し、現地校に入学した。

 当時のカルチャーショックを今でも覚えている。

 「遊び方1つ取っても違って、友達の家に遊びに行った時に『勇斗!踊るよ!』って突然言われて(笑)そしたら、ラジカセ片手に大通りでサンバを踊り始めた。『振り付けは無いし、自由だよ!』と言われたものの、『日本人だしそれは中々キツイよ』って感じだったね(笑)」

 

 

なぜ、感情を出さないんだろう

 5年間ブラジルで暮らし10歳となった。生活に馴染めた頃に日本へ帰国。今度は日本でもカルチャーショックを受ける。ブラジルの真裏の日本は全然違う文化だった。

 「ブラジルはとにかく開放的。陰も陽も全ての感情を表に出す。極端に言うと、『お前のことが嫌い』と直接言うぐらいにわかりやすい。でも、日本はどちらの感情も出さない。それが結構ショックだった。小学校5年生頃に帰国して『なんでみんなこんなに思っていることを口に出さないんだろう。それなのに、影では悪口を言ったり。なんだろうこの人達』と疑問に感じていた」

 帰国後も引っ越しが絶えず、新たな環境に適応する学校生活をその後も送ることになった。

 

適応せざる負えない環境で

 中学校入学後も、毎年違う学校に通った。「学校、クラス。そのクラス内でも、小さなグループがある。大げさだけれど、それぞれ”文化”みたいなものがある。様々な環境に馴染むために、人の顔色を見たり、空気を読まざる負えない環境だった。だからこそ、そこで適応力は身に付いたかなって思う。」

 高校進学後、はじめてひとつの環境で卒業を迎えることができた。

 「それまでは、『ここに通えば、卒業できる』。という確約されたものがなに一つなかった。その分、高校生活はただただ楽しかったよ(笑)ファミレスやカラオケに行ったり。時には同級生と放課後駅で話したり。陸上部に入部して、結構走るのも好きだったな」

 

心って大事

 高校卒業後は大学進学を希望。学部は心理系を目指した。そこには明確な目的があった。

 「高校生の時、身近な人が精神的に大変な時があった。メンタル面がやられちゃうと、どうにもならないというのを目の当たりにし、心の大事さを痛感した。そして、精神的に落ち込んでいる人や、ケアを必要とする人たちを助けたいと思い、心理系の学部を目指した。」

 もうひとつ、自身にとって忘れられない母親との何気ない会話が、改めて人の気持ちに目を向けるきっかけとなった。

 

夕飯とシャンプーの匂い

 「当時、母親に『夕方家に帰る途中の夕飯の支度をしている匂い、お風呂のシャンプーの匂いを感じると、ホッとするから好きなんだよね。』と話したら、母親が『そうだよね。でも、そういう匂いを嗅いで悲しくなる人も、この世の中にはいるんだよ』とこぼしていた」
 その当時、母親が仕事で接していた方が、家庭環境の影響によりそれと似た事を話していたそうだ。
 「こんなに人によって感じ方が違うんだと衝撃を受けた。自分はこの匂いでリラックスするのに、なぜ悲しくなるのはなんでだろうと。それってめちゃめちゃ苦しいだろうな。と思ったとき、より勉強していきたいと思ったんだよね」

 

やる気を引き出させる

 大学時代はオープンキャンパスのスタッフとしても働いた。2年生から所属し、3年生、4年生では160人程を束ねるチーフを任された。

 それまでの人生は人に合わせた時間を過ごしてきたが、翻って大勢を束ねるチーフという役目。一見すると正反対の役割だが、振り返ると当時の経験は今の仕事に生きているそうだ。

 「当時の経験から、マネジメント能力はある方だと思っている。学生の仕事とは言え、周囲に声をかけてやる気を引き出させ、結果を出させるのは得意だった。小学生の時から人の顔色を見ながら生活していたこともあってか、大学時代からは、そういうのから解き放たれてチャレンジしていたのかな(笑)」

 

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心にできたモヤモヤ

 卒業後は精神科のクリニックに4年間勤めた。働く中で、ひとつの疑問が徳田さんの中に生まれた。

 「仕事自体は好きだったけど、”待ちの姿勢”だなと感じるようになった。カウンセラーはクリニック、施設、病院等で相談者さんが来るのを待っている。いわゆる待ちの状態。一方、専門機関に行く勇気や、精神状態が不安定なため足を運べない人も多くいる」

 来た人たちには対応できるが、そうではない人たちに対してどうしたら良いのか。待つことの現状にモヤモヤが生まれた。

 「実際にいくら我々の業界人が頑張っても自殺率は下がらない。膨大な人達がいるわけじゃないですか。だからこそ、自分たちからアプローチするなにかをしたいという思いが芽生えた」

  

まさにこれだ!!

 クリニックを4年勤め退職。その後は、友人と会社を立ち上げるも、経営を進めるうちに方向性の違いから解散。「また、以前のように”待ちの状態”の働き方をするのかな。と悩んでいた時、オンラインでカウンセリング事業を行っている人の雑誌の特集を目にした。足を運べない人達に対しても、臨床心理士として携わることができる。自分が思いつめていた悩みを解決するそのものだと思った」

 

信頼関係を構築する

cotree.jp

 "cotree"(コトリー)というオンラインカウンセリング。ビデオ通話、電話カウンセリングが可能。マッチング診断、時間、相談内容、カウンセラー一覧など、自身の希望に沿うような形で自由に選べる。

 

 昨年の4月に入社。カウンセラーとして様々な悩みを抱える相談者に対し、解決策の提示が主な仕事になる。その多くは人間関係のケースが多い。不倫や浮気。我が子を愛せない。職場の人間関係など。

 それら根底にあるのは、両親から愛情や、幼少期の人間関係の体験が要因のひとつとなっている。

 そのため、臨床心理士は第一歩として、互いの信頼関係の構築が重要だと話す。

 「まず、カウンセラーと相談者の関係を構築する。家族構成から、これまでの人生背景。その人のパーソナルな部分を見立てる。その後に、悩みに応じた対処を考えタイミングを見ながら提案していく」

 ここで、カウンセラーという他者の人間に対し、悩みや、個人の深い所での対話を繰り返すことで、相談者自身が周囲の人達とも協力しながら、悩みや課題が改善されていくという。

  

環境よりも自分を変えることを

 社会人や学生、現代を生きる誰しもが、現状を変えたい。と一度は思ったことがあるだろう。巷では、本やネットで『環境を変えよう』。という言葉をよく目にする。一方、環境よりも自分を変えることの方が着手しやすいそうだ。

 「実際に環境を変えることは、お金や時間も要するから難しいんですよね。だからこそ、自分を変えることのほうが簡単なんですよ。苦しくなっているのはなぜなのか。相談者とその周囲の関係性や具体的なケース聞いて、『あなたのそうなっちゃう考え方をちょっと変えていきましょう』とサポートしていく」

 

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現在働く職場


 

 自分が見えているものは、自分の解釈

 学生から現在に至るまで、様々な事象を学び、多くの人達に寄り添ってきた。多様な人生模様や出来事を通し”人は鏡”だと感じているそうだ。

 「目の前で起こっていることは、人は自分の体験や経験によって培ったフィルターを通して、見える通りに解釈をする。つまり、自分がキャッチする物事でしかない。目の前で起こっていることは、自分を映した鏡なんじゃないかと。」 

 だからこそ、価値観や捉え方を安易に他の人と混ぜてはいけないと、カウンセリング中も気を配っている。

 「自分が捉えているもの。それは、自分の物語である。ということ。かたや人の物語の中で、自分が関われることもある。それは分ける必要がある」

 

心の汗をかき続けるカウンセラー

 カウンセラーもひとりの人間。相談者の悩みの解決が業務のひとつだが、適切な処置を施すために、カウンセラー自身も常に自分と向き合っている。

 「例えば、カウンセラー自身がお母さんとうまくいってない。その際、相談者が同様のケースで来た時、とても共感し合える。しかし、その部分で都合よく共感し合うだけで、問題点を乗り越えていないままになってしまう。それと似たことは常に生まれるんですよね」

 そうならないために、『本当に治療がなされているのか』と自分に問いかける。それはスポーツ選手さながらだ。

 「スポーツ選手達は日々、体を使い、結果を出し、その後も体を磨き続ける。臨床心理士も、相談者の話を親身に聞きながら、適切な解決策を提示するために常に自分自身の精神も常に鍛えている。いわば、体育会系の精神バージョンと言えるかもしれない」

  カウンセリングを受ければ楽になる。というイメージがあるが実際は大変な作業だ。中には途中で帰る人もいるようで、その行動自体も悩みの解決には重要な要素だそうだ。

 『自分と向き合う』。言葉にするのは簡単だが、決して容易なことではない。だからこそ、徳田さんのような専門家の人達がいることが、現代のめまぐるしい生活を戦う人達の支えになる。

 

これまでの人生を繋げている実感

 ブラジルでの生活。母国日本でのカルチャーショック。幼少期から、人と向き合うシーンが絶えなかった。それは、臨床心理士となった今も変わらない。

 臨床心理士として働く現在をどのように感じているのか最後に聞いてみた。 

 「今の仕事をしている事は非常に納得している。自分が元々持っている特徴として、人と何かをやるのが楽しいタイプ。現在は会社に登録しているカウンセラーさんのマネジメント。コミュニティーを作り、相談者さん同士、横の繋がりを作り共有できる場を作ったり。自分の特徴を生かしながら、心のケアできている。今はじめて自分の物語が線で繋がっているのを感じている。」