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仕事は営業。人と接する時は対等な目線を 狩野亮(27)医療福祉/営業

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どことなく被る脳内テンション

 前回の紹介した、陳さんの親友の狩野さん。私もパソコン室で知り合い、今も友人。私と似て、ひょうきんもので一緒にいる時は、話し出すタイミング、冗談事を言う時も同じ瞬間であることが多い。以心伝心していると思えるほど、遊んでいるときの脳内テンションは同じだ。(笑)

 定期的に会っては仕事の話を聞くことも多い。就職と同時に関東を離れ、新潟県で一人働く彼を尊敬と心配が入り混じるまま5年が過ぎた。今回のインタビューは私、狩野さん、陳さん、松本さんとパソコン室でよく顔合わせるメンバーの計4人でインタビューを行った。

 

英語が習いたい

 幼稚園の時に見た、セサミストリートがきっかけで英語に興味を持つ。それと同時に、自ら英会話を習いたいと両親に懇願。週1回、カナダ人の先生からABCを学ぶところから始まり、小学校6年生まで習い、日常会話を話せるまでになった。

 中・高も英語が得意で、好きだった。大学の進学時も英語や海外への興味から東京国際大学、国際関係学部に進学。

 

ちょっとした興味から

 大学進学と同時にそれまで暮らしていた、群馬県から上京。ひとり暮らしを始める。勉強に集中しながら、学費を稼ぐためにパソコン室、コンビニのアルバイト。深夜から朝方まで働く生活だった。大学でも引き続き英語の授業を積極的に履修し、ゼミは国際安全保障をメインに学び、国際情勢を知り興味・関心の幅が広がることが楽しかった。

 卒業後の進路は就職一点。営業職で探していた。「人と話すことが好きだから営業職に絞った。英語を始めたことや、大学選びにも言えるが、ちょっと、興味がある。という所からスタートさせることが多く、それが今いる会社の福祉の営業だった。」

 

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大学時代からはじめたロードバイク。

 

新潟県で働く彼の仕事内容

 新卒で入社し、現在5年目。会社は医療福祉に向けたサービス。病院や介護施設を対象にカーテンのリース、及びメンテナンスを行う。他にも、備品発注や施設のリニューアル工事、清掃など幅広く行う。カーテンを主軸に仕事を持ってくる営業部。実際に各施設にカーテンを取り付ける業務部。使用されたカーテンを工場で洗濯、補修を行うリペア部の3つから構成され、彼は営業部に所属している。

 入社後2か月間は関東で研修を行い、6月からの新潟配属が言い渡される。期待と不安が入り混じる中、新しい環境でスタート。着任早々に彼の上司となる人が急遽異動となり、事態は一変する。

 

エリアを持たざるを得ない状況に

  彼を含めて4人だった営業部。上司が1人抜け、同年12月には彼のひとつ上の先輩が転職。1年目にして新潟県全域を先輩と彼2人で管理することになった。1年目は新規まわりがメイン。お客さんを学べ、営業を学べ。現場を学べ。と社会の波に放たれた。

 それと同時に先輩たちの引継ぎ業務にも奔走。「3、4日間程、先輩の営業に同行して、それ以降は単独で営業に回った。取引先の人に質問されてもその場で返事もできず、車などで電話し指示を仰いだ。とにかく泥臭くひとつひとつの業務をこなすしかなかった。」一般的には数か月間、先輩や上司に営業の基礎を教わるのだが、はじめから戦力として動かざる負えなくなった。その分、吸収できる量は多くプラスの要素は大きかったという。

 

後輩ができ、改めて仕事を覚える

 以降、入社3年目まで先輩とふたりで新規開拓と既存の取引先の営業を並行した。そんな中、新卒で入社した後輩ができた。徐々に自分の仕事の範囲を理解しできた頃だった。いざ、部下ができるとどのように教育すべきか悩んだ。「自分が1年目の新人の扱いをされていないため、育てる事に困惑した。上司に叱咤されながら、後輩に営業の基礎を教えた。」

 「3年目で徐々に仕事は覚えている中でも、自分の仕事で手いっぱいだし、後輩を見てあげられなかった。それでも、組織を運営させるためには育てなければ。という責任感がより芽生えた。」5年目になり、当時の心境と改めて仕事に対する姿勢を正したと振り返る。 

 

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インタビュー風景 撮影:松本俊之

 

押し迫る数字と見えない溝

 その3、4年目が一番仕事の行き詰まりを感じていた。それは3年目と後輩ができたことによる重圧がのしかかったのかも知れない。「仕事にも慣れ、社内や取引先とも信頼感が生まれた。それに伴い、仕事量も増えた。それがやりがいにもなってはいたが、一方でその期待に答えなければ。という想いが増していき見えない溝にハマった。」

 後輩管理だけでなく、4年目となり数字に関してもシビアになった。「ノルマに1円でも足りなけば、次は超えるように。と告げられる。足りないと言われる。」多岐に渡る業務に目を光らせることが必要とされ、視野を広げる事もひとつの仕事となった。

 

慣れていくことの恐怖

 その2年間は仕事の達成感も得られず、「なぜ働いているんだろう。」と、ふと感じたことがあった。会社は週休2日の土日休み。家と事務所は近く、徒歩でも行ける距離。ある日、休みで21時頃に近所のスーパーに立ち寄った際、会社を見ると事務所にそこのオフィスだけ電気が点いていた。「休みの日になんとなく、自分の会社を見て電気が点いていたのを見て、おかしいよな。と感じた。たまにの休日出勤ならわかるけど、それがほぼ毎週のようになっていた。」

 辞めずに続けていたのは、仕事だから。という義務感のみだった。「辛いから辞める。というのは今まで一度もしたことがない。部活も学生時代は続けていたし、英会話も自分で言いだしたことで区切りの小学校卒業まで続けた。物事に関して途中で辞めるのが気持ち悪い。」

 食欲も低下し、帰宅する時間も日付を超えるのは当たり前。ふさぎ込むことも多かったようだが、なんとか耐えながら2年間を過ごした。

 

ひとつの成果がきっかけ

 そうして5年目。それまでは馬車馬の如く働いていたが、予期せぬ時に転機は訪れた。「去年の話だけど、県内の取引先の病院のカーテンのリース更新があった。それまでは、カーテンのみの契約で、それ以外のセールスは門前ばらいだったが、リニューアル工事の話を切り出してみたら、興味を示してくれた。」話はスムーズに進み、病院側も建物も古くなったこともあり、照明、空調を全部入れ替えたいと話になった。

 会社では売り上げ規模が1千万、2千万円になると大規模案件となる。その時は、売り上げが数億円ほどになり、彼にとって自信がつくひとつの仕事となった。「意外と話してみないとわからないんだなと思った。もし、話さなかったら売り上げにもならなかったし、仕事を前向きに捉える良い良い弾みとなった。」

 

契約が取れたことに関する自分なりの考え

 数年前からカーテン以外の営業もかけていたようだが、地域ならではの人との繋がりが強く、カーテンのリースは行うけども、難しいと話を聞いてくれなかった。

 「とりあえず話をさせてください。と頭下げたら、話を聞いてくれた。カーテン納めてるけど、工事に関しても話だけ聞いてくださいよ。と綺麗ごとは言わず、泥臭く当たった。」

 タイミングが良かった。と言えばそうかもしれないが、泥臭くいくのは彼のポリシーのひとつとも言えるのかも知れない。今年も、何件か営業成績を伸ばしている。

 

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今夏には報奨旅行でハワイへ。初の海外旅行を満喫。

 

数字の意識は毎年変わる

  営業の使命は数字。そこに関しても毎年考え方が変わる。

 「入社から3年目までは目の前の仕事に必死。待ち受ける契約更新に備えた動きに追われるなど、どこか受け身の状態でこなしていた。」環境の変化や、少ない人数で案件確保や業務を覚えることに注力していた。

 「業務の量を増やし、精神的な部分も鍛え、頭と体を動かしながら仕事ができている。今は、何年後かを見越した営業の種まきもしている。粗利の達成率も毎月あり、自分が今抱えている案件の進捗状況、数字の管理もリスト化し、常に把握している。」

 

営業する際のキーワード”人として”

 ひとり、新潟で突っ走ってきたからこそ、数字に対する考えは強い。しかし、数字だけに囚われるのではなく、根底には人との関わり方がある。「やっぱり人間関係が大事。数字だけでなく人として接することができないと、話も聞いてくれない。」地域間の繋がりが強く、営業マン以前にひとりの人間としてどうなのか。という事も問われている。

 そこに対して自分の強みは対等な目線を持つことだ。「取引先の人達のほうが、知識もキャリアも上。知識で目線を補うために介護福祉の法律関係も勉強している。」

 直接、売り上げに繋がるかわからないが、共通の部分を自ら作り出している。それ以外にも、おいしいラーメン屋に行った。〇〇にスノボーしに行ったなど趣味の話でセールスだけでない、会話も楽しんでいる。

 「会社間の取引になるけど、人間同士の付き合いでもある。もちろん、尊敬や礼儀はわきまえるけど、あなたが上で私が下。のような上下関係があまり好きではない。それに関しては賛否両論あるかも知れないけど、自分はそこを大事にしている。」

 

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ゲレンデも近く冬はスノボーを楽しむ

 

 知識としてのスキルは無くならない

 好発進をしている5年目だが、今も心の片隅では転職を考えている。今は第一線から離れ支える側にいきたいそうだが、具体的には決まっていない。インタビューの最後に、陳さんから「違う職種になった時、それまで得たスキルが使えないかも知れない。私は培ったスキルが使えない場所に行くのは不安。その点狩野さんはどう?」と聞くと、「不安はない。例え、新しい場所でそれまでのスキルが直接使えなくなったとしても、知識としてな無くならない。すべて知識はどこかに繋がっていると思う。確かにひとつのことを突き詰めるのは美学。もし、違う分野で働いたとしてもどこかで生きてくるかもしれない。」

 

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去年からランニングを始めた。ドラゴンボールとコラボしたランニングイベントにコスプレをして参加。今年の4月からは、お弁当も作り始めた。

さいごー経験より勝る、幼少期からの気付かない癖

 大学進学を期に群馬から上京。そして、社会人と同時に新潟県に移り、語群奮闘してきた。その時々で、一人で生活をしなければならない状況を作ってきた。その結果、友人や知り合いがいない場所でも、数字を重要視されるポジションでも全うしている。

 ”泥臭く”、”対等な目線で”。どちらもよく聞く言葉で、使いやすいが非常に彼に当てはまっている。そうでなければ、営業成績も振るわず、既に会社を辞めているに違いない。その特徴は幼少期から培われてきたものが要因のようだ。大人になってから得る経験や特技とはまた違う、先天的で誰とも比べようのないもの。それが、社会人となった今もなお、働く心情となっている。

 私の中にも、幼少期から知らぬ間に継続してきた何かが、毎週月曜日の更新。という1つのルールを守ることを突き動かしているのかも知れない。 

tsuku2.jp

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