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どんな人にも経験という歴史がある。その経験を書き記すことで人類にとって少しでもプラスになれるものを書いています。

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リアル店舗で働くことの意味。ワクワクを優先する先に見つけるものとは 佐舗一樹(23)サングラス販売員

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■スニーカーがもたらした出会い

 ニューバランスでスニーカーを購入しようと2、3度入店した時に接客してくれたのが彼だった。知り合って3年程となる。身長は188cmあり、スラっとした体形でニコヤカに接客してくれた。それ以降も、事あるごとにニューバランスでスニーカーを買うときは彼が接客についてくれた。

 一時、連絡を取ることがなかったが突然の再会を果たした。インタビューブログを始めたことを伝えると、二つ返事で受けてくれた。

 

■マイケルジャクソンになりますと言った入試面接

 彼の現在に至るまでは、中学校3年生の高校への入試面接から話は始まった。面接は彼含め、3人。面接官から「将来の夢は?」と聞かれ、野球選手、国語が好きだから小説家。と続き彼の番。「マイケルジャクソンになります。」と答えた。「小さいときからマイケルジャクソンが好きだった。ただ、入試の年にマイケルジャクソンが亡くなり悲しかった。入試でなにかインパクトを残そうと思い、そう答えた。」入学試験の成績も良く見事合格。

 入学後、面接官だった体育の先生から「マイケルじゃん!」と話しかけられ、仲良くなる。彼のインパクトを残す作戦が見事ハマった。その先生もまた、マイケルジャクソンが好きで教師の傍らDJをやっていた。

 その先生が、文化祭の後夜祭でDJをしている姿を見て衝撃を受けた。「先生、DJやってたんですね!」と尋ねると、「お前もマイケルジャクソン好きなら、DJやってみたらどうだ?」と誘われた。時給860円のアルバイトを続け、高校3年生に40万円貯まり、中古でパソコン、ターンテーブル、ミキサーを購入した。DJを始めてから4年が経ち、今でもクラブでDJをすることもあり、ライフワークのひとつとなっている。 

 

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毎週金曜日はクラブでDJとしても活動。将来は都内でできたらと話す。

 

■理想と現実

 高校卒業後は舞台の専門学校に通った。照明、音響、演出、舞台のセット制作、など舞台に関することを学んだ。舞台の道に進もうと思ったのはDJをしていたこと、好きだった音楽の影響があった。「高校3の冬頃から人の縁で六本木や渋谷でDJをやるようになり、舞台の裏側じゃないところにも興味を持った。EXILEのライブ映像も見るのが好きだったし、華やかな舞台の裏側を学ぼうと思った。」

  入学後は、体力的に辛かった。2年間で様々な知識を詰め込み、舞台セットの作成では力仕事も多かった。現場で働く事があれば拘束時間も長い。しかし、辛い中にも充実感があり、今振り返ると楽しかったと語る。

 卒業後は外部講師で来ていたバレエの裏方を勤める会社の社長のところに弟子入りしたが、最初の数か月間は給料が出ないことになってしまった。また、専門学校の2年間で、舞台の世界で働く事の限界を感じていた。ほかにもやれることがあるんじゃないか。と考え、舞台の仕事を辞めることにした。「今思えば、仕事なんだからしっかりとやれよ。と思うけど、それはそれで良い決断だったと感じている。」

 

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 ■ハマるとは思わなかった販売業

  仕事を探す彼に、地元の友人から「ニューバランスで働かないか?」と誘いがあった。そのまま、電話し、即面接でアルバイトとして採用。そこで接客の面白さを体感した。採用してくれた店長の人柄が良く接客の基礎から、商品知識、働く姿勢などを教わった。「今まで接客の仕事をしたことがなく、もちろん商品知識も無かった。そんな中、お前は話せるんだからガンガンお客さんに声かけて接客してみろ。と背中を押されて接客が楽しくなっていった。」

 彼が丁度仕事に慣れ始めたころ、私が来店した。2、3回ほどお店に行き購入しようか迷ってた時だった。「このスニーカーは僕も好きで、一見すると不細工。でも、この良さがわかる人に悪い人はいないなと思って声かけました(笑)」実際、接客されて商品知識が豊富でアパレル店員に抱くめんどくさい印象は全くなかった。

 店長から接客の極意、商品知識を与えられ軌道に乗り出した頃、店長が異動となってしまった。尊敬する人がいなくなり、どこか働く熱が冷め、自身も気づけば3年在籍していた。「常に尊敬する人の背中を追いたい自分がいる。3年働き、自分のお客様が10名程つくようになり、売り上げにも貢献できるようになった。一方で、ここ以外では売り上げが果たして自分は取れるのか?と疑問に思い、あえてチャレンジという意味で違う場所で販売業をしてみたいと思い辞めることにした。」 

 

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■友人たちと訪れたラスベガスで感じたこと

  次の働き先が決まる間、大学生の友人たちと卒業旅行としてラスベガスへ行った。初海外であった。そこで、今しかできないことをしようと誓う。

 

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ラスベガスではマイケルジャクソンのライブを鑑賞

 

 旅の最後はラスベガスからグランドキャニオンまで車で行くことだった。道中ガソリンが無くなり、慌てているとトラックの運転手に助けてもらったそうだ。
オークリーに入る前にアメリカに旅行にいった。「ガソリン入れるのも、リッターではなくガロンの表記。日本とは違う事だらけの場所だったけど、行く先々で誰かが助けてくれた。」
 知らない場所で、見ず知らずの人が助けてくれる。今まで感じたことの無い親切さに触れた。「言葉が通じないのにどうしてこんだけ親身になってくれるんだろう。それと同時に、自分の心の狭さも感じた。カルチャーショックをはじめて味わい、知らない国を見に行くことで、自分を成長させたほうが良いと思った。」帰国後はお金を貯めて、留学に行くことを決意した。

 

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■自分をふるいにかける

 そして、現在はオークリーというサングラスブランドで働き、今年の9月で勤めて1年となる。スポーツウェアー、スニーカーの取り扱いから、なぜサングラスを選んだのか尋ねると、「サングラスは人生の中で重要なものではないと思っていた。だけど、それを売れるスキルがついたとしたら販売員として成長できると思いそこにした。」ニューバランスの入社当時同様、最初は商品知識が少なかったが徐々に詰め込み、以前よりも接客のスキルは上がったと実感している。「今思うと、ニューバランスに居た時に、もっと良い接客の仕方があったなと思う。そう思えるだけ成長してる気はしている。」

 常にアンテナを張り、情報収集も怠らない。時事ネタや、ツイッターなどでファッションの流行を仕入れる。自社ブランドを愛用する芸能人などを調べて接客時の会話の幅を広げている。「知識はあったほうが後々なにかになる。色々なことを詰め込むのが好きな性格で、突き詰めたい性分。根底には視野を広げ色々な世界を見たいために、学んでいる。」

 販売業を始めて、4年。接客の楽しさは、お客さんとのコミュニケーションにあるという。「知らない人だったけど、帰るときには仲良くなれることがある。商品を押し売りすることなく、良いものを提供したいと思いながら接客している。購入してもらい、後日それを使用してすごい良かったよ。と言ってくれるのがすごい嬉しいし、繋がりの良さがある。」

 

■留学先はフィリピンのセブ島

  オークリーで働く傍ら、留学の準備もした。行先はフィリピンのセブ島。期間は2か月。セブ島にした理由は、金銭的に行きやすい。発展途上国ならではの雰囲気を味わいたかったそうだ。「日本にいれば、衛生面から食まですべてにおいて安全に暮らせる。それだけでは見えないものがあると思った。」海外に行くにしても、自分をふるいにかけたい様子が垣間見えた。

 「そんなことしても意味ないよ。」と大人や先輩たちは言うことが多々あるが、そこに対しても自分なりに向き合っている。「何事もやってみないとわからない。自分が経験してないことを人に決めつけたくないし、されたくない。もし、フィリピンの留学が失敗だったら笑い話にできればそれはそれで良いかなと(笑)。」

 出発は今年の9月。入学金などの手続きも終わらせ、出発の日を待つのみとなっている。

 

■言われっぱなしはつまらない

 DJ、舞台、スニーカー販売など、順風満帆に来ているようだが批判の連続だった。高校入学後はバスケ部に所属。188cmと高身長を武器に1年生の時から3年生の試合に出場していたが、退部した。「レギュラーとして出ていたけど、俺がやりたいことはバスケじゃない。と思った。」

 高校は部活動が盛んだったため、途中で退部した彼はドロップアウトした奴。とレッテルを貼られた。なんとか見返したい。そんな思いから生徒会に所属し、副会長を務めた。「学校を変えるつもりで生徒会に入った。文化祭やイベントで新しいことをやろうと。ところが次は、先生からの批判があった。」

 学校の先生たちは、今まで通り、前年同様。と変化に対して消極的だった。そういった先生たちからは疎まれるようになった。「悔しかったから、一番指摘する先生のテストで毎回高得点を取るようにした。勉強も必死にやってるから。と言える状況にした。根っからの負けず嫌いなんですよ。(笑)」

 良くも悪くも目立ち、批判されながらも多くのことを続けてきた。今では人との出会いが一番良いと話す。「踏み出せば世界は変わる。はじめてDJでクラブに行ったときは怖かった。部屋は暗いし、怖い人はいるし。とにかく、イメージが悪かった。でも、行ってしまえば面白かったし、舞台の学校を卒業し、裏方を退いた今も様々な縁で仕事の話をもらえている。」

 

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高校時代の文化祭の様子


 

■ドキドキが一番

 現在23歳。大卒であれば、就職して1年経ち、社会人の生活リズムになれてきた頃。「どこかまわりは就職して1年経ち落ち着いてきている。良い服を着たり、車も乗ったりしている。安定な友人もいるけど、今は自分のやりたいことを優先していきたい。」遠い将来のことは考えず、自分がどこまでできるのかを見定め、貪欲に吸収していきたい。という意思を感じた。

 留学先では、サーフィンにチャレンジしたいそうだ。遊ぶことだけではなく、本島の方に出向き発展途上国の現状や町の人達の暮らし方も見たいと話す。「人生に対してあまり悲観的にならない。ネガティブになることもあるけど、寝ちゃえば忘れる。(笑)明日、もしかしたら死ぬかもしれない。だったらやりたいことに集中して生きてきたい。」


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■さいごーどこか重なる23歳の頃の私と彼

 彼と出会った頃はインタビューを始めることは想像もしていなかった。このブログをしてなかったら、彼の人生を聞くことも無かったかも知れない。

 私が大学卒業し、オーストラリアに行ったのは23歳の時。行った日は9月4日だった。幸か不幸か彼も23歳で今年の9月にフィリピンに行く。私は大学生での4年間で多くのことをチャレンジし、彼は販売員として働きながら接客、ファッション、DJなど学生ではできない経験を積んだ。そこに優劣はなく、どちらが素晴らしいなどは全くない。私と彼が共通する点は自分に素直という事だけだろう。 

 「留学に行って変わらないのも良いと思うし、でも変わらなければ。と思う自分もいる。自分自身、どう変わっていくのか楽しみ。世界は広がると思うからなんでも挑戦したい。怖い思いをしてでも飛び込みたい。」と期待と不安をにじませた。

 高校時代から、様々な場所に出向き興味を持ったら知識も含めてトコトン自分の物にしてきた。出会った大人やまわりに恵まれたこともあるかも知れないが、その巡り合わせが必然となるほどに努力をしてきたと思う。留学先でも物おじせずにニコヤカに話しかけ、まわりに人が集まっていることだろう。