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どんな人にも経験という歴史がある。その経験を書き記すことで人類にとって少しでもプラスになれるものを書いています。

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木材を見極め、良い家造りの一端を担う男 小池悠介(25)木材問屋

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■頻繁に電話する間柄

 大学時代の友人。今も大学の同期達と飲んだり、仕事終わりに電話するなど連絡を取り合う仲。「今回掲載した人、面白い人生歩んでるね。」など、いつもブログの感想を伝えてくれる。

 卒業からこれまでの数年間の彼の事は知っていたが、材木業界に関しての話を聞くことは無かった。これまでの友人の関係を保ちながら、距離を置いて話を聞くと彼の人柄の良さ、木材に対する情熱が垣間見えた。

 

■父親と材木と幼少期

 彼の父方の祖父母が材木屋で住宅兼、職場。材木屋は自ら材木を見極め、大工さんなどに木を届けるのが主な仕事。実家は両親が共働きで、小学校時代は放課後祖父、祖母の家によく行っていた。高級な材木で建てられている家を見て、幼少期ながら良い家と感じていたそう。「どのようにして家は建っているのかな。とは考えていた。」小さいときから材木が身近にあり、家本来の良さを感じていた。

 それまではただ見ていた風景だった家造りや材木の世界だったが、父親の背中を見て考え方が変わっていった。中学生になり、父親が選定した木材で建った家の住宅完成見学会に父親と出向いた。「そこで親父が大工さんがはじめて繋がる場面を見た。なぜその木を選定したのか。どういう思いで木材を届けたのかを話す姿を見てかっこいいと思った。」

 

■ただただ悔しかった

 高校へ進学し、自分の世界を広げたいと思い大学に行くことを選択。就職活動が始まり、父親の会社を継ぐ事は考えていなかったそうだ。「まわりからは家に戻れば仕事があるから就職活動しなくていいじゃん。戻れるところがあるからいいよね。と言われるのが悔しかった。」中学生の時に感じた純粋な憧れが、いろいろな社会を見たことにより反骨心が芽生た。そう思われるのを見返したい。それなら、父親のところには行かず、自分の足で会社を見つけて働こうと決め就職活動に挑んだ。


■希望を持って入社するも、できない自分に向き合う
 ある、不動産会社に面接するも不採用。諦めきれず再度その会社にチャレンジし、晴れて不動産会社に営業職として就職。同期は60人程。 入社後早々、自分と同期達との能力、人間力の差を痛感してしまった。

 任された業務を普通にこなせずまわりとの差が開き、「同期達に自分が悩んでることを相談しても、お前の考えてることはそんなことなの?普通に考えればこうでしょ。と言われることが多かった。」それからも、毎日似たようなことで同期の前でも怒られ、自分のつまずいていることがまわりに話せない日々が続いた。

 上司からの叱責もあった。人格の否定されることもあったようで、「自分が意図しているわけではないのに、お前の仕草が気に食わない。身に着けているものが鼻に付く。」と言われた。同期に悩みを打ち明けられず、上司からの言葉によりなんとか会社にしがみつくだけの生活が続いた。

 

■父親からの言葉

 そんな折、父親から「お前はこの先継ぐ気はあるのか。」と聞かれ、「ゆくゆくは継ごうと思う。」と答えた。彼に対し、「親の務めとして、取引先に良い場所があるから紹介してやる。くよくよしてるならそこで働いてみたらどうだ。」とアドバイスされた。これまでは父親の会社に継ぐのを拒んでいた彼だったが、今の会社にいることの不満や将来のことを考え、折角だから行ってみようと決断した。そうして、新卒で就職した会社を1年11か月勤め退職となった。

 

■修業生として働く現在

 現在は父親に紹介された木材の問屋で働き入社二年目。研修生という立場だ。部署は木材の販売。国内外の木材を製材所や商社から仕入れ材木屋さんに販売するのが仕事だ。会社では修業生制度と言い、将来実家に帰って後を継ぐ人たちを育てるプログラムに身を置いている。

 契約社員の形で一定期間働き、全部で3つの部署(木材、プレカット、建材)を経験する。全ての部署をまわり、材木業界のイロハを学ぶ。彼はあと二年程その会社のプログラムがあり、予定では28歳の秋に実家に戻り父親が営む材木屋に後継ぎとして帰る。

 

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国産ヒノキの原木。ここから柱、フローリング等を製材する。

■修業生として学ぶこと

 従業員は全体で100人。事業所は各方面にあり、今は20人程の規模で働いている。修業生は全体で5人。他4人は違う事業所で働き、彼と同様に後継ぎを担う人たちだ。木材に関することを彼は重点的に学んでおり、木材の長所と短所。住宅でどの部分に用いるのかなどの適材適所。知識だけではなく、将来は上に立つものとしての礼儀作法や、業界に関する勉強も含まれる。

 

■木材に対する情熱

 不動産では家を売り、今後は木材を中心に扱う。なぜ材木にそこまで、のめり込んでいったのかを聞いてみると、「木材の持つ温もりにハマっていった。」とニコヤカに答えた。「国産のヒノキや杉を使った家には温もりがある。旅館のヒノキ風呂とか、サウナ。木が持つ良さを知って材木への興味が湧いていった。」

 不動産では家を売る側だったが、転職を期に家造りに欠かせない木材の考え方に変化が起きた。「自分の目利きで選んだ材料を大工さん達に届き、家が建ち、人が住む。その流れが見えてきたからこそ、実家に戻って良いものを届けたい。という意思が徐々に大きくなってきた。」

  前職の経験があるからこそ、今いる場所と将来の立ち位置がよりクリアになった。「不動産はできたものを売り、ローンなどの工面もする。何度営業訪問しても追い返されたりする。そうやって勝ち取った契約や、直接顔を合わせて接するお客さんとの喜びもあるかも知れない。一方で実家は配達ありき。購入するお客さんには見えない仕事だけど、供給の立場で大工さんに良い家を建ててもらい、それをお客さん届けてもらう。」

 その後建った家を見て「ああ、ここの家はうちの材木で建てられた家なんだよな。」というのが嬉しいのかなと思えるのが幸せなのかも知れない。

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役物と呼ばれる木材。苗木の状態から丁寧に育て上げられた一級品。値段は一枚9000円程。


 

■出張で見た、国内最高のヒノキを扱う製材所

 今年の6月には国内におけるヒノキの名産地とされる三重県、松坂市にある製材所の見学出張があった。製材所から50メートル離れた駐車場から、天然乾燥されている、ヒノキの良い匂がしていた。一級品なだけに、材料コストが高く、大手ハウスメーカーでは扱えない高級品を扱う現場。そこで扱う木は樹齢130年からなるものを一本一本丁寧に育て上げ、枝を作ることなく洗練された技術を要して出来上がる。

 一方、コストの高さ、作り手不足の影響により、製材所が軒並み減っている。注文住宅で購入し、駅から徒歩何分。ショッピングモールからの近さ、利便性に長けている物件が人気がある。それゆえに、材料ひとつひとつにコストを欠け、家を購入してる人が減っているのも要因だそうだ。

 その晩の懇親会で親方から、「俺等の業界は暗いと言われるけど、頑張らなあかんでと言っていた。その言葉が妙に忘れられない。」父親の会社に戻れば製材所から木を買い付け、大工さんや地元の高校の演劇部等、多岐に渡るお客さんがいる。沈みつつある現場と後継ぎで働いていくことの厳しさを感じた出張となった。

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出張時の製材所。自然乾燥されている木材。



■夏からは新しい場所で修業

 材木の知識も増え、できることは増えた。前の会社では、疲弊していた気持ちも徐々に回復しチャレンジ精神も再び芽生えた。「少しづつ向上心がついてきた。それだけでも、転職した意味はあったのかなと思う。」

 今年の8月にはプレカット事業部に異動。2つ目の研修のプログラムとなる。主に住宅の構造を学ぶ。図面を読み、そこから必要な木材、本数を見て取れる能力。柱や土台に使うものを見極める力を養う。その後、建材事業部を経て父親の会社へと戻る。

 今、父親の会社を継ぐ事を聞いてみると、「配達屋で物流がメインだけど、高品質なものを見極め、時には頭を下げて仕入れる。大工さんの好みや納入先の欲しいものを事前にツボを知るのも大事になる。そのためには、これまで学んだ木材の知識とこれから学ぶ、木の使い方、長所と短所の使い分けを知ることでより戻った時に力を発揮したい。」

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地元のバスケットチームに所属。チームではキャプテンを務める。


■さいごー重要なのは向上心

 前職に勤めていた頃、仕事がうまくできないと電話で相談され、泣いていた日もあった。その彼が今も苦労を味わいながらも、父親の会社を継ぐため精進している姿が美しかった。普通のことが中々できない。なんでそんなこともできないんだ。とまわりから言われることもあれば、自分自身でダメ人間の捺印を押してしまうこともある。

 できないならできないなりに試行錯誤し、それでもダメだったら環境を変えればよい。実家があるからできる選択。と言えるかもしれないが、そこにはいち企業で勤める苦労とはまた違うものがあると思う。

 「今の部署では人間関係に恵まれているが、次の部署ではどうなるかわからない。けれど、向上心さえ捨てなければどうにかなる。」と不安と期待を漏らしインタビューを終えた。転職して2年間積み上げ、再度芽生えた向上心とチャレンジ精神。それらを引っ提げて新しい環境でも頑張ってほしい。

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